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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第三章
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最後の晩餐

 ベランダの窓硝子を開けていると、風が微かなジョージの声を知らせた。


〝一緒にアメリカに帰ろう〟


 たまたまその時、レイニーも黄竜も揃ってリビングのソファーに座っていた。二人並んで音ノ瀬隼人の日記を読んでいたところだった。

 

「……だってさ、レイニー。どうするの」

「どうもしない。計画に変更はないさ」

「ジョージの奴、ずっと音ノ瀬にいて、ほだされたのかな」

「どうだろうな」


 ジョージ、とレイニーは胸中で呼び掛ける。


 帰る場所はない。

 もう、どこにもないんだ、ジョージ。


 私の名はレイニー。レイニー・ダーク。

 止まない雨もある。


 

 楓の為にお赤飯を炊いて数日後、藤一郎を伴い、私は呉服屋に赴いた。

 店員が私に気付き、慌てたように奥に引っ込む。

 間もなく出てきた店主に、私は告げた。

「預かっていただいている例の物を、引き取りにきました」


 そう言うと店主の頬のあたりに緊張が浮かんだ。


「畏まりました。少々、お待ちください」


 やがて運ばれてきた畳紙(たとうし)の重なり。一人で持つにはかさばる量だが、余人には神聖なそれらに触れさせることをせず、店主一人で持ってきた。

 畳の上に置かれた畳紙を私は慈しむように撫でる。

「中をご確認なさいますか」

「はい」

 間違いはあるまいと思うが、念の為に私は頷く。

 

 黒の紋付羽織袴。

 但し紋の箇所には夜光(やこう)(がい)でくるりと風の舞うような意匠が縫い止められている。

 夜半の夜叉衆の人数分、きっちり揃った羽織袴は、ここぞという時の礼服だった。


「それと、こちらです」


 示された白の紋付羽織袴は、私と聖の物だ。音ノ瀬家当主と、副つ家の守り人との。


「何事か起きるのですか」


 普段はこうした差し出口をしない店主が、厳つい顔で尋ねてくる。頬のあたりの緊張は、今や表情そのものと化している。控えめに点された電灯の下、店主の陰影が際立った。


「恐らく、そう遠くない内に。ご店主にも、ここを避難していただくことになる可能性があります」

「――――私は、ここを動きません。この店を守るのが、音ノ瀬家にご奉仕させていただいてきた、私の使命です」

「……命を大事にしてください」

「ええ。この店の、次に」


 私は儚く笑んだ。予想出来ていた受け答えだったからだ。

 うっすらとした明かりの下、藤一郎が畳紙を受け取る。かさばるので、今日は藤一郎の運転する車で来ていた。それでも家の前の長い坂道は徒歩で上るしかなく、私もだが、藤一郎には頑張ってもらわないといけない。


 家に戻るとキャロラインとビクターが来ていた。

 客間の卓に着いている。相手をしているのは、何とジョージだ。

 恭司と楓も、漆黒の卓の端に座っている。

 相変わらずカールした金髪も眩しいキャロラインがジョージに英語で何やらまくし立てていたところ、帰った私たちを見て一応の笑顔を作って見せた。金髪碧眼のビクターとキャロライン、そしてジョージがいると、人口的に我が家がかなりの割合で外国めいたものになる。


「お帰りなさい、コトさん」

「キャロライン。どうしたんですか」

「もう少しでレイニーたちの居所が判るかもしれないという報告に来たのよ。それと、ジョージから色々、これまでの話を聴いていたの。……マリアのこととか。本当はすぐに尋問したかったんだけど、別件で来るのが遅くなったわ」

「そうでしたか……」


 キャロラインにそこまで話せるようになるとは、ジョージの心境も、うちにいる間に随分と変わったのかもしれない。


「それは?」

 キャロラインが、私たちの抱えた畳紙を指して訊く。

 私は唇に微笑を滲ませて答えた。

「我が一族の礼服です」

 その言葉でキャロラインは私の覚悟を感じ取ったようだ。

「……今日の夕飯、御馳走していただいても良いかしら」

「はい、どうぞ」


 ジョージはキャロラインに告げたのだろうか。

 滅呪慟哭の件を。

 もし発動されれば、彼女やビクターの身も危うくなる。

 それすらも覚悟で、音ノ瀬隼人の日記を求めてこの町に滞在しているのだろうか。

 私は戦女神のようなキャロラインの横顔を見つめた。


 夕方には聖が戻り、俊介が来た。なぜか秀一郎まで来て、食卓は賑わいを見せた。

 俊介が(ぶり)のかまを持ってきたので、それを大根と煮て、春雨と豚肉、キャベツの炒め物、大根と紫蘇、ホタテのマヨネーズ和えサラダ、それからあおさの味噌汁を作った。

 またもや椅子が足りないので、客間の卓を囲むことになったが、そのほうが皆の親密度は上がる気がする。

 皆、笑顔だった。

 並んだ料理に舌鼓を打ち、軽い世間話に興じた。


 そしてそれが私たちの、平和な最後の晩餐となった。

 




挿絵(By みてみん)






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