祭壇には
雨音が聴こえる。楽の音のように。
そして詠じられる言葉は詩のように。
「生贄の子羊は白いほうが相応しい。尤も私は、とうに神を信じる心を捨てたが」
自らの風貌を揶揄する言い様を聴きながら、聖から仕掛けた。
瞬時に間合いを詰め、レイニーの懐目掛けて掌底を繰り出す。
レイニーも素早く反応し、半歩下がると聖に回し蹴りを放ちつつコトノハを処方した。
「Sacrifice(犠牲)」
それは樹から一枚の葉がふ、と落ちるような一刹那。
次に聖はレイニーとは逆の脚を使い、足技が絡み合う形をとった。そして聖もそうしながらコトノハを処方していた。
「縛。戒」
レイニーの身体が、見えない紐に束縛されたように固まる。
「く……Release(解放)!」
一方、千秋もまた雨の降る中、黄竜と対峙していた。玲一に連絡したあと、忍び寄る小柄な影に気付いた。このアジトに起居するのはレイニーだけではなかったと、千秋は思い出していた。
黄色い巻き毛。エメラルドの瞳。
雨は激しくはなく、寧ろ甘い。微風を含み、銀線が右に左に揺れる。
初夏の風が絶妙に彼の巻き毛を揺らし、黄竜の愛くるしい面立ちを際立たせる。
真正天使のような黄竜は、にこやかに歌うように告げた。
「お姉さん。怪我したくなかったら大人しくしてよ」
「誰にものを言ってるの?」
拳と拳が交錯し、両者の頬に浅い傷を残す。
ひゅー、と黄竜が口笛を吹いた。
「やるじゃん。Hurt(傷)」
「防」
「Injury(傷)」
「解」
コトノハの処方が瞬きの内に行われる。
千秋はすい、と身を沈めると黄竜の脇に立ち、右腕をねじり上げた。
「――――っ!」
身体の自由を奪われた黄竜が、痛みに顔を強張らせる。
「どう? 年上のお姉さんを見くびったつけよ」
「……そうみたいだね。Go out(消える)」
黄竜が歪んだ顔でコトノハを処方した瞬間、確かに千秋が押さえ込んでいた黄竜の身体は、白い煙幕に覆われ不意に見えなくなった。
工場内でも聖とレイニーの攻防がまだ続いていた。二人共、そろそろ彼我の実力の程を把握してきたところだった。体技はほぼ互角。足技に秀でているレイニーに対し、聖は合気道を基にして身体全体を駆使した技で応じた。汎用性が高いぶん、聖のほうに僅かな分がある。
更にはコトノハの強弱を自在に操れる聖のほうが、有利なのだ。
お互い間合いをそれまでより広く取る。
「生贄の子羊にしてはやんちゃが過ぎるな」
「大人しく生贄になる積りなどないよ」
軽口の応酬に見せて、二人はコトノハを処方している。自分に有利なコトノハを唱えたほうが勝つ。
聖はレイニーが滅呪慟哭を処方しない理由を考えていた。
〝滅呪慟哭を処方する時は君たち音ノ瀬一族も招待するから〟
そういうことなのだろう。執拗なまでの拘りだ。レイニーの音ノ瀬一族に向けられた昏い怨念は、未だ少しも変わっていないのだ。
「今ここで、君と争うのは無意味だ。Go out(消える)」
レイニーのコトノハと同時に白い煙幕が立ち込め、聖が顔を上げた時には日記帳諸共、レイニーの姿は消えていた。




