赤く赤く
隼太は丘の上に立ち、ことの住む町並みを睥睨していた。
風に翻る紫陽花色。
ぼうとした様子で髪も風に靡かせるまま。
一瞥すれば腑抜けて見えるこの間に、彼が風を聴こうとしていたのだと知る者は、その後ろにいる大海くらいだ。
しばらくその態勢だった隼太は、やがて瞳の焦点を合わせた。
ちっ、と軽く舌打ちする。
「音ノ瀬の奴ら、まだレイニー・ダークの居場所に辿り着けんらしい。精鋭揃いの夜半の夜叉衆が、聴いて呆れる」
「お前にも聴き取れないんだろう? レイニーの居所は」
のんびりとした大海の指摘に、忌々しそうに隼太が前髪を掻き上げた。
微風に乱された髪を、更に乱す。
丘に生えた欅の新緑がさわさわとざわめく。その風にも隼太の望む情報はない。
欅は落葉高木で、秋になると黄から赤へと色づく。年中緑である訳ではないのだ。
「ああ。あの男は狂ってるが、俺に尻尾を掴ませる程、莫迦じゃないってことだ」
「尻尾を掴む……。彼の拠点が判ったとして、お前は何をしたいんだ、隼太?」
大海の、硝子玉のように透き通った視線は、無垢なまま、隼太を貫いていた。
「利用し甲斐があるような男なら、こちらに引き入れる」
淡々と隼太が答える。
それが正しい、と言わんばかりに欅の枝に留まっていた烏が一鳴きし、隼太の肩を目掛けて飛んでくる。紫陽花色に着地した烏は、至極満足そうに羽繕いを始めた。
「説得に応じるような相手かい?」
「いっそのこと滅呪慟哭を処方させてやれば良いのさ」
くくっ、と隼太が嗤う。
「清々するとは思わないか、大海。音ノ瀬が、跡も形も無くなるんだぞ?」
少しの間黙り込んだ大海は、口を開いた。息子によく似た、薄くも厚くもない唇を。
「そんなことをしても磨理は帰らない」
「帰るのなら滅呪慟哭が処方されるも止む無しか? お前らしい」
「レイニーも大切な人を亡くしたと聴いた」
「ああ。それからとち狂ったようだな。……お前に似ている」
レイニーと大海。相似点があるのは確かだ。
最愛の女性を喪い、狂った。
けれど外的にその嘆きを発散させようとしているのがレイニーであるのに対して、大海は内的にその嘆きを抱え込んだ。
これは大きな差だ。
レイニーを哀れと、隼太は思わないでもない。隼太の母である磨理は病で死んだが、マリアは殺されたのだ。
「だから手を組もうと考えるのかい?」
「それだけでもないがな」
あの凍てついた青い瞳。アンドロイドを思わせる面差し。
我ながら珍しく、感傷に引き摺られているのかもしれないと隼太は考える。
悲哀。
雨降りの闇。
「降りそうだな」
薄く灰色がかってきた空を見て、隼太が呟いた。
欅の樹は秋になると赤く色づく。
時節になれば、赤く。赤く。
その頃、聖と千秋も天を見上げていた。
「降るわね」
「急ごう。廃工場は近い」
二人は声を潜めている。風に乗り、コトノハをレイニーに拾われない為だ。
民家もまばらな地帯で、目指す廃工場が見える。聖が拾った、風に乗った僅かなコトノハを信じるなら、レイニーと黄竜はここにいる筈なのだ。
湿った匂いがする。とうとう泣き出した空の下、二人は細心の注意を払いながら廃工場に近づく。
鉄筋コンクリートの工場跡は、大きさこそあるが廃れた今となっては虚しさのほうがより強調される。一体どれだけ放置されていたものか、肋骨のように飛び出した鉄骨。
二人は工場の窓から中を窺い見た。
――――誰もいない。
だが飲食物や薄い毛布、パソコンなどが散らばり、誰かがここで寝起きしているのは確かだ。
聖が中に目を凝らして言った。
「――――ピスコの瓶がある」
「え?」
「南米原産のブランデーだ。レイニーたちの拠点はここで間違いないだろう」
ついにレイニーたちの拠点を割り出せたのだ。
「どうする、聖さん?」
「千秋さんは他の夜半の夜叉衆に連絡して。僕は日記帳を回収してくる。あれは取り戻さないといけない」
「……解ったわ。気をつけて」
「君も」
廃工場の中に聖は足を踏み入れた。どうやらトラップなどの類はなさそうだ。中には錆びついた工具の部品が転がり、所々雑草まで生えた荒れ具合だ。
レイニーと黄竜はどこにいるのだろう。
食べ散らかされたあとのサンドイッチやお握りの袋などが散乱する中、パソコンの横に日記帳は重ねて五冊。全て揃って置かれていた。
聖がそれに手を伸ばそうとした時、その声は響いた。
「まさか副つ家の御仁がコソ泥の真似をするとは思わなかったよ」
ゆっくりと振り返る。
「――――こと様から、先に盗んだのはそちらだろう」
聖はレイニー・ダークの碧眼を正面から睨んだ。




