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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第三章
161/817

二人

 日陰と日向の温度差の大きな日だった。

 日陰にいれば涼しく、しかし一度日向に出ると強い日光が降り注ぎ、今が夏ということを皮膚感覚で教えられる。

 楓と恭司は二人並んでことの家近くの坂を下っていた。

 とん、とん、とゆっくり響くアスファルトの音。

 途中で、恭司が楓に手を差し出した。

「ん、」

 楓はちょっと目を丸くしたあと、その手に自らの手を預ける。

 とん、とん、と今度は楓の鼓動が跳ねる。

 繋いだ手は楓には大きくて、どちらかと言えば線の細い恭司も男性だと明確に認識させられる。手が汗ばまないよう、楓は緊張した。


〝こいつは俺が生涯守ると決めた女だからだ〟


 あれはどういう意味だろう。

 そのまま受け取れば恭司の好意を確信することになる。

 悟が最近、複雑そうな顔で自分たちを見ていた理由も。

 坂道を下り少し歩くと、二人はこと行きつけの喫茶店に入った。

 喫茶店の硝子戸についたベルが鳴る。

 マスターは若い少年少女の客を、目元を和ませて見た。

 硝子戸を開ける瞬間まで繋いでいた手が見え、微笑ましい。

「薫」

「あ、あたしはアイスコーヒーを」

 水が運ばれてからそれぞれ、注文する。

「背伸びすんなよ。パウンドケーキも欲しいんだろ」

「……あと、パウンドケーキください」

「はい」

 BGMが掛からない静けさが、今の楓には落ち着かない。

「解ってるな?今日の意味」

「――――うん」

「ここを出たらまた、このへんぶらぶら散策するぞ」

「……うん。恭司君、緊張してる?」

「それなりにな」

 一蹴されるかと思えた問いには意外な答えが返った。

 さらさらの、少し栗色めいた髪。細い鼻梁に小さく形の良い唇。

 切れ長の目の眦はやや上を向いている。

 やはり和製天使と言いたくなるような恭司の風貌を、楓はこっそり観察した。

 恭司はそんな視線もどこ吹く風とばかりに水を飲んでいる。

 余り凝視するのも何なので、硝子コップについた水滴の一粒一粒を数えるように見たりして、楓は口数少ない恭司と向かい合っていた。

 そもそも恭司は寡黙なほうではない。それは楓が相手でもそうだ。

 だがそんな彼が、今日はほとんど喋らずにいるのには理由がある。

 楓はそれを知るゆえに、恭司の集中を乱すまいと思った。


 二人で喫茶店を出たあとは町内をあちこち歩いた。

 楓は家を出る際にことに被せてもらったつば広の帽子があるが、何の日除けもない恭司は暑そうだ。

 ――――家を出る時、ことは心配そうな目で楓を見て、それから恭司に「お願いします、恭司さん」と告げた。


 平日の今は小学校も午後の授業時間だ。

 思えば自分は普通の小学生からは遠い立場にいる、と楓は学校近くに来て校舎を遠目に見た。それはコトノハの力による為でもあり、ことの庇護下にいる為でもある。いつも泰然として見えることが、自分に関しては感情を露わにして全力で心を掛けると知っている。

その得難さと、泣きたくなるような嬉しさも。


 恭司が楓の手を握る強さが増した。

 

 向かい側から来る長い黒髪の女性。白いブラウスにゆったりめの藍色のズボン。

 サングラスを掛けても、真っ直ぐにこちらを見ていると判る。

 キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが聴こえた。



挿絵(By みてみん)



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