二人
日陰と日向の温度差の大きな日だった。
日陰にいれば涼しく、しかし一度日向に出ると強い日光が降り注ぎ、今が夏ということを皮膚感覚で教えられる。
楓と恭司は二人並んでことの家近くの坂を下っていた。
とん、とん、とゆっくり響くアスファルトの音。
途中で、恭司が楓に手を差し出した。
「ん、」
楓はちょっと目を丸くしたあと、その手に自らの手を預ける。
とん、とん、と今度は楓の鼓動が跳ねる。
繋いだ手は楓には大きくて、どちらかと言えば線の細い恭司も男性だと明確に認識させられる。手が汗ばまないよう、楓は緊張した。
〝こいつは俺が生涯守ると決めた女だからだ〟
あれはどういう意味だろう。
そのまま受け取れば恭司の好意を確信することになる。
悟が最近、複雑そうな顔で自分たちを見ていた理由も。
坂道を下り少し歩くと、二人はこと行きつけの喫茶店に入った。
喫茶店の硝子戸についたベルが鳴る。
マスターは若い少年少女の客を、目元を和ませて見た。
硝子戸を開ける瞬間まで繋いでいた手が見え、微笑ましい。
「薫」
「あ、あたしはアイスコーヒーを」
水が運ばれてからそれぞれ、注文する。
「背伸びすんなよ。パウンドケーキも欲しいんだろ」
「……あと、パウンドケーキください」
「はい」
BGMが掛からない静けさが、今の楓には落ち着かない。
「解ってるな?今日の意味」
「――――うん」
「ここを出たらまた、このへんぶらぶら散策するぞ」
「……うん。恭司君、緊張してる?」
「それなりにな」
一蹴されるかと思えた問いには意外な答えが返った。
さらさらの、少し栗色めいた髪。細い鼻梁に小さく形の良い唇。
切れ長の目の眦はやや上を向いている。
やはり和製天使と言いたくなるような恭司の風貌を、楓はこっそり観察した。
恭司はそんな視線もどこ吹く風とばかりに水を飲んでいる。
余り凝視するのも何なので、硝子コップについた水滴の一粒一粒を数えるように見たりして、楓は口数少ない恭司と向かい合っていた。
そもそも恭司は寡黙なほうではない。それは楓が相手でもそうだ。
だがそんな彼が、今日はほとんど喋らずにいるのには理由がある。
楓はそれを知るゆえに、恭司の集中を乱すまいと思った。
二人で喫茶店を出たあとは町内をあちこち歩いた。
楓は家を出る際にことに被せてもらったつば広の帽子があるが、何の日除けもない恭司は暑そうだ。
――――家を出る時、ことは心配そうな目で楓を見て、それから恭司に「お願いします、恭司さん」と告げた。
平日の今は小学校も午後の授業時間だ。
思えば自分は普通の小学生からは遠い立場にいる、と楓は学校近くに来て校舎を遠目に見た。それはコトノハの力による為でもあり、ことの庇護下にいる為でもある。いつも泰然として見えることが、自分に関しては感情を露わにして全力で心を掛けると知っている。
その得難さと、泣きたくなるような嬉しさも。
恭司が楓の手を握る強さが増した。
向かい側から来る長い黒髪の女性。白いブラウスにゆったりめの藍色のズボン。
サングラスを掛けても、真っ直ぐにこちらを見ていると判る。
キーンコーンカーンコーンと学校のチャイムが聴こえた。




