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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第二章
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甘さ求むる心

「あちらも警戒しているのでしょう、風がめぼしい報せを寄越しませんね」

 夕刻の縁側で聖が言う。紫と藍の混じった暮色だ。微かに金色も見える。

 私は黙って水色の奈良団扇を動かした。涼しい間には片付けていた紫色の羽の扇風機も出してきてある。夏になりつつあるのだ。いや、もう立夏を過ぎたから暦の上では夏で、だからこれらの品も季節の風物詩として間違ってはいない。

 夜半の夜叉衆が活動を始めてから、レイニーたちの動きも鳴りを潜めている。

 それでも念の為、私は楓を休校させていた。恭司も気が付けばうちにいる。

 聖もまた、夜半の夜叉衆の活動には加わらず私の傍にいる。万一を危惧しているのだろう。

「レイニーはなぜ逃げおおせたのでしょうか」

 例のビジネスホテルの一件である。

「……聖さんも内通者がいるとお考えですか」

「はい。それも、ごく近くに」

「…………」

 人を疑うというのはとかく気持ち良からぬものである。

 透き通った青空とは反対の心持ちで薄墨のようなものを湧き立たせる。

 微量の毒を、私たちは今、盛られているのだ。疑心暗鬼はひやりとした冷たさを以てこのように人を追い詰める。

「こと様」

「はい」

「この身を以て貴方を守るのが僕の務めであり願いです。それを、お忘れなきよう」


 赤い真剣な双眸に、解毒の作用があると思えた。



 隼太に話があり、私と聖は彼が滞在するホテルまで出向いた。直接顔を合わせて話すべき事柄があったからだ。

 ホテルまでの道にある躑躅(つつじ)の生垣が婀娜(あだ)っぽい程に鮮やかだった。

 あれの蜜を吸うと甘いと私は知っている。世界はそれ程に甘くないということも。

 飛び回る蜜蜂。ただ、甘さに酔えたなら。


 フロントで呼んでもらうまでもなく、隼太はロビーで新聞を広げコーヒーを飲み、寛いでいた。

 私と聖が近寄るのを察していたようで、新聞をばさりと閉じると、私たちを見上げにやりと笑った。

「大変なことになっているらしいな」

 隼太が連れてきた人々の中に、犠牲者はない。

 レイニーが音ノ瀬の血筋だけを抹消する積りなら当然かもしれない。

「その様子ではおおよその事態は把握しているようですね」

「耳が早いのは音ノ瀬の美点だろう?」

 しらっとした顔でコーヒーを飲む。

「内通者を突き止めたいのです」

「突き止めてどうする。殺すか? 突き止めて殺すか?」

 隼太が鋭利な視線を私に向ける。

 なぜそう物騒な流れを好むのだ。この男は日本が法治国家だという意識が薄いのかもしれない。殺す殺すと危険なコトノハを平然と重複させる。

「いいえ。処分は追って考えます。隼太さん。内通者を特定するのに協力してくださいませんか」

 餅は餅屋だ。隼太のほうがこうした行動は手馴れているだろう。

「これは貸しになるぞ、音ノ瀬こと」

 悪魔と取引した人間は魂を取られると言う。

 隼太のコトノハに私はそんな言い伝えを思い出していた。


 ある思いつきがふ、と口を突いて出た。

「隼太さん。もしかすると内通者が誰かご存じなんじゃないですか」

 しかし紫陽花色のコートの男は口角を片方上げただけで何も言わない。

「知っていて、けれど自分サイドの人間には累が及ばないから黙っていたのか」

 聖の糾弾にも微苦笑してみせる。

「おいおい、身内がやられて疑り深くなってるんじゃないか。それに今のお前たちは、俺にとやかく難癖をつけられるご身分じゃない筈だ」

 その通りだ。私と聖は黙った。

「計画の詳細を詰めるぞ。早いほうが良いんだろう」

 コツコツ、と隼太は丸テーブルを指の背で弾いた。

 成る程、隼太は頭脳と度胸に裏打ちされた牽引力がある。

 多くの人が彼のもとに集ったのも、あながち不思議ではないのだ。

 それはそれとして自分を慕う人間も、必要なら切り捨てるのが隼太ではあった。




挿絵(By みてみん)






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