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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第二章
152/817

囚われ人

「さらそうじゅの はなのいろ」


 私は戸村ジョージからコトノハを処方する術を奪い、聖が彼を絞め技で気絶させた。

「彼をどうしますか、こと様」

「家に連れ帰ります」

「虜囚ですか」

「そうなりますね」

「いっそ殺したらどうだ。敵だろう」

 聖が深い色の目で隼太を見る。

「簡単に命を奪うものじゃない。それに彼には訊きたいこともある」

「レイニー・ダークの過去か」

「そうだ」


 大海はまだ頭を抱えて何やらぶつぶつと言っている。

「……大海さん」

 顔を上げて私を見た大海の表情は明るくなった。テレビのチャンネルが切り替わるように、どこか不自然に。

「――――――磨理。何だ、そこにいたのか」

 私は柔らかい語調を心掛ける。少し泣きたいような気持ちになりながら。

「……はい。いましたよ、ずっと」

「早く家に帰ろう。雨が酷い」

 厚い雲に阻まれ夕景も拝めず、私たちは暗い雨の中にいた。

 それこそレイニー・ダークだ。人に家路を恋わしめる。

「はい。帰りましょう。聖さん。私は隼太さんと一緒に大海さんを送ってから帰ります。聖さんは先にうちに彼を連れ帰ってください。コトノハで緊縛することを忘れずに」

 聖は複雑な表情を垣間見せたが、首肯してジョージの身体を自分にもたれかけさせた。

「千秋さんのお宅からの帰りはこと様お一人になります。十分にお気をつけてください」

「俺も同行して本家に行くから心配ない」

 隼太の意外な言葉に私と聖は少なからず驚くが、その理由を聴いて得心した。

「そいつの尋問をするんだろう? 立ち会いたい」

「手荒な真似はしませんよ。うちには楓さんもいるんです」

「そう悠長に構える余裕があれば良いがな」


 雨は冷たく、私たちの会話を知らぬ気に降り続ける。

 暗い。

 この季節であればまだ外はうすら明るいだろうに。

 人を迷妄に誘うかのような暗い雨だ―――――――。



 大海を千秋の家まで送り、寝かせつけたあと、私は隼太と恭司を伴い帰路に就いた。異変が起きたと知った恭司が、自分も行くと言い張ったのだ。

 私は二人に挟まれる形で濡れた道を歩いた。雨に艶を施されたアスファルトが街灯の明かりを受け光っている。情趣に足りない、無機質な光だ。

「……大海さんはまだ時々、混乱されるようですね」

「らしいな。あいつはもうずっと過去に囚われてその夢の中で生きてるんだ。囚われ人さ」

「…………」

 雨音は激しくなっていた。

 私にはまるでそれが大海の慟哭のように聴こえた。



 私がうちの玄関に入るとすぐ、楓が飛びついてきた。

 常にない事態であることを察し、不安だったのだろう。

 私は彼女の細い身体をぎゅ、と抱き締める。

 大丈夫。もうどこにも行きはしない。

 隼太はそんな私たちに頓着せず大股でさっさと客間に向かった。

 ジョージは客間の隣室に設えられた床に横になっていた。

 聖が手際よく鍋の用意をしている。

 人間はいつどんな時でも食べなくてはならない。

 例え絶望に打ちひしがれていても。

「起こさないのか」

 隼太が問う。もちろんジョージのことだ。

 早く尋問したくて仕方ないのだろう。手ぐすねひいて待っている雰囲気がありありと伝わってくる。飢えた獣のように。

「まずは食べましょう、隼太さん。キムチ鍋ですか?聖さん」

「はい。今日は初夏にしては冷えたので」

「体内から温まるんですね」

「そう、思いまして」


 私は先に楓と共に風呂に入り、それから聖、隼太、恭司らと鍋を囲んだ。

 真っ赤な汁に具材が泳ぐ。ぐつぐつぐつという音は平穏を表わすかのようで、くたくたに煮えた葱と白菜は美味しい。豚肉と春雨、豆腐や茸類が出汁を吸い上げ、キムチの辛さとよく合い、仕上げは雑炊。完璧だ。前回、キムチ鍋をした時は仕上げにラーメンを投入して、それも実に美味しかった。縮れ麺がくたりと出汁を含むのだ。

 皆が胃袋に熱と栄養を蓄え、一段落したところで私はジョージの様子を見に行った。

 ジョージは仰臥したまま天井を見ていた。

 日本人と変わらぬ黒い瞳は、もう随分と前から開いていたのだ。

 聖が緊縛のコトノハを処方したので、動けずにもどかしい思いをしただろうという予想に反して、落ち着いて見える。

「ここは本家だな」

「そうです」

 はは……、とジョージが笑った。

「日記帳を盗み出した時はまさかこんな形で再訪するとは思わなかったよ」

「日記帳を盗んだのは貴方でしたか」

「ああ……。悪かったな。レイニーが望んだから。俺はあいつの頼みに弱いんだ。……起こしてくれないか?」

 私たちの遣り取りを見守っていた男たちの内から聖が進み出て、レイニーを支え半身を起こさせた。

「お前たちは音ノ瀬を根絶やしにしたいのか?」

 隼太が口火を切る。

「少なくともレイニーはそうしたが良いと考えてるようだな」

「それにしては獣を使ったりと手段がまだるっこしいように思うが?」

「認めやしないだろうがあいつにもまだ迷いがあるのさ」

「マリアとは誰だ。レイニー・ダークの凶行とどんな関係がある」

 ジョージがくしゃりと顔を歪め、泣き笑いのような表情を見せた。

「マリアはレイニーの恋人だった女だ。もう死んだ。……殺された。あいつはな、レイニーは、亡霊に囚われているんだ。もうどうしたって、取り戻しの利かない過去に」


 囚われ人が囚われ人を語る。

 私は硝子戸を打つ雨を見た。

 レイニーもまた、大海と同じであったか。

 幾つかの相違点はあるものの、二人共、喪った者を見ている。



挿絵(By みてみん)




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