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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第一章
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蜉蝣と令嬢と供花

 目が覚めてからも私は、布団の上でごろごろしていた。

 麻とガーゼで織られたタオルケットは子供の頭を撫でる優しさで、つい甘えたくなる。

 それにしがみついたまま右に転がれば紺色のひらひらした帯も金魚の尾びれのようについて来る。

 左に転がれば左にひらひら。ひらひらひら。


 こんな風に夢現に怠惰に、時を過ごしたい。

 だらけたいと、無精の虫が私の身の内で声を上げている。朝の常だ。


 そこに待ったをかけたのは、さやさや、と縁側から吹き込む風。釣忍の鳴る音だった。

「……依頼?」

 風を聴かなかったことにして、今日は怠け者で通したいのだが。

 私はのっそりと起き上がって、髪を掻き上げた。さらさら、と落ちる髪は少しばかり湿っている。汗と天候のせいだろう。

 ここ数日は雨が続いた。

 盆も過ぎ、涼しさ孕む風がもう秋の予兆を感じさせる。

 浴衣の桔梗柄の、丁度花弁の箇所に、事切れた蜉蝣がくっついていた。

 これは儚い虫だから。

 摘まみ上げるとうすら黄緑を帯び、折れた仄白い翅が哀れだ。

 夏の風物詩はどうにも儚いものが多い。

 くん、と鼻を動かすと月桃香の香りがもまだもやと残っていた。



 今回の依頼は風変りなものだった。


 曰はく、旧家令嬢の話し相手になって欲しい、と。

 望むべくは友人に。


 がなり立てた黒電話からその話を聴いた私は、断ることを考えた。

 話し相手も友人も、プライベートに能動的に自ら作るものだ。一応、こちらはビジネスである。生臭いところとは無縁に育まれては如何か、とまあ、私は尤もらしく勧めたのだが、相手は納豆やオクラのように粘りに粘った末、私から「諾」の返事を引き出したのだった。

 電話を切った私は、コトノハを使わなくてもごり押しで相手を意に従わせる人種の存在を認識した。まあ、いるのだ。そういう人も。

 しかし余り蔓延られては困る。コトノハ薬局の商売上がったりになってしまう。


 当主としてそんな心配をしながら、私は浴衣から洋服に着替え、盆の間に飾っておいた供花を整理、手入れをした。

 依頼は午後からの予定だ(それにしたって急だが)。まだ間がある。


 盆を重んじ供花を飾るとは言え、音ノ瀬家は仏教徒ではない。

 神祇官に属していた古もあり、神道寄りではあるが、内実は無宗教だ。コトノハの宿るもの全てに魂を見出す考え方はアニミズム信仰にも通じる。


 だが美しい習慣は進んで受け容れようとするのが我が一族だった。


 筒型の硝子で出来た透明の花器は、水の濁り具合をすぐに報せ、夏には重宝する。

 透明に、緑が淡く混じり始めると即、水を換える。

 放置すれば水に浸かった茎がぬめぬめとして花の命も縮める。うかうか出来ない。

 大輪の百合が供花として適切かは解らないが、白い花びらはもう萎びて、蕾も黄ばみ咲く気配がない。

 こうなるともう、剪定鋏でその命を絶ってやるのが良いのだ。

 竜胆の余命も幾許か、と言ったところだがまだ良いだろう。

 ピンクと黄色の菊の元気なこと。

 菊の生命力にはいつも驚かされる。

 真っ赤な鶏頭も、葉はこうべを垂れて来ているがたくましい。


 ふむふむふむ、と花の観察に夢中になった私はそのあと、庭の手入れもして旺盛に繁殖している紫蘇の葉をたくさん摘んだ。


 これで当分、香味野菜には困らない。

 ふふ、とほくそ笑む私に柱時計が正午を告げ、私はやっと午後からの依頼の件を思い出したのだった。



挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 美しく尊く、業を背負ったことさんの、だらだらする人間らしさが良いですね。庭いじりをすることさんは、きれいで引き込まれます。
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