Sorry
「情報の共有が必要だわ」
突然訪ねてきたキャロラインはそう言うと、淡いミントグリーンの波佐見焼の湯呑を、ゆっくりと手で横に押し倒した。
溢れ出る翡翠色。重力に従うまま漆黒の卓の上に広がり、畳にまでこぼれ落ちる。
その行為はそのままキャロラインの腹立ちを表現していた。
「日記帳が盗まれたなら盗まれた、そう言ってくれなくちゃならない。その中に書いてあったことを話してくれなくちゃならない。当面相手取るだろう敵の予測がついているなら、それを教えてくれなくちゃならない。私たちは貴方がたの敵には回らない。どうしてもっと早く諸々を知らせてくれなかったの?」
「すみません。身内の問題だと思ったので」
「ビクターを襲撃したのは音ノ瀬の日系アメリカ人?」
「恐らくは。ビクターさんはご無事ですか?」
「無事よ。相手もすぐに退いたし」
仲間を危うい目に遭わされたからこそのキャロラインの憤りを、私は正面から受け止めた。彼女は珍しく余裕がないように見えた。
はあ、と憤りを宙に散らすかのような溜息を吐いたあと、キャロラインはお茶をこぼした非礼を詫びた。灰色の双眸が複雑な思いを宿している。
「アメリカにいた日本人や日系人は大戦が始まってから収容所に入れられたわ。その政策は今でもアメリカの恥ずべきこととして歴史に刻まれている。フランクリン・ルーズベルトは判断を間違えたわ。イギリスもまた、同じ過ちを犯した……。アメリカでは愛国心を証明する為に志願して兵士になる人もいたそうよ。きっとイギリスにも……」
キャロラインは自分のハンカチを取り出すと、こぼしたお茶を拭き始めた。
「大丈夫ですよ」
聖が台拭きを持ってきて、卓上を拭き、更に雑巾で畳のお茶を拭いた。
キャロラインは小さな声でSorryと告げた。
「Sorry.当時、収容所に入れられた日本人に対して、私たちは謝罪しなくてはならない。一人二万ドルの賠償金ではとても足りない。善良な一般市民を劣悪な環境に押し込み差別したのだから。今でもその仕打ちを忘れていない老人はいるでしょうね。きっとアメリカに渡った音ノ瀬も収容所に入れられた筈だわ。だとしたらその子や孫はアメリカに良い感情を持っていないかもしれないわね」
Sorry、とキャロラインは小さく繰り返した。イギリス人であるキャロラインにも、思うところの大きな問題であるらしい。
「けれど解らないのは、彼らをして渡米せしめた理由です。そこまでは日記にも書いてませんでしたから」
「そうね……」
するとそれまで沈黙していた聖が口を開いた。
「それなんですが、思い当たるところがないでもないのです」
私とキャロラインが同時に聖を見る。
聖は今日もTシャツにジーンズ姿だ。
「聖さん。何ですか?」
「音ノ瀬の血統主義への反発です」
「…………」
音ノ瀬一族はより強いコトノハを処方する子を産むべく、一族内の近しい親戚同士の婚姻が盛んである。
本家の人間は純血種とまで呼ばれる程だ。
それに爪弾きにされていた人たちが、疎外感を抱き、大陸に夢を見て日本を出たのだとしたら――――。
Sorryと謝らねばならないのは、キャロラインだけではなさそうだ。




