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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第一章
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ラビアーカ

 ラビアーカ。ああ、ラビアーカ……。

 思い出すだに物狂おしく恋しく、そして忌まわしい。

 けれど懐かしくもあるその言葉……。この老いぼれの頭でもその名だけはようく記憶しております。

 そうねえ。

 お若い方は戦艦大和なんて物語でしか聴いたことないんでしょうけど。

 昭和十六(1941)年の夏、広島は(くれ)に置かれていた大和を、海軍にいたお父様に頼み込んで見せていただいたことがありますの。ええ、もちろん極秘中の極秘ですわよ。

 大和撫子たるべきのみを心掛けていれば良いのだと渋るお父様に、どれだけおねだりしたことか。

 そうして巨大な密室に安置されていた大和を、ようやっと見ることが叶いましたの。

 他の方はどう感じていたか存じません。

 けれどわたくしの目に大和は、優美で雄々しい獣のように感じました。


 ラビアーカと聴くとわたくし、大和を思い出しますのよ……。

 青い海とそして……。


 そのラビアーカと近しくしていたのはわたくしではございませんでした。

 わたくし、従兄妹に双子の女の子と男の子がおりましたわ。

 良い家の出でしたから、女の子は、ああ、名前が思い出せません、嫌ね、年を取るって。

 ともかく、良家の子息・子女でしたから、女の子のほうは名門女学校に、男の子のほうは陸軍士官学校にまで行ったんじゃなかったかしら。

 まあ当時の栄誉ある華々しい方たちでしたわよ。


 わたくしのほうはそうでもございませんでしたけどね。


 でもね、光あるところには影があるように、あの二人、生まれの良さや見目の良さ、勉学がよくお出来になるのを理由にかこつけて学校で苛めを受けてたりもしたそうなんですの。嫉妬って怖いですわね。

 とは言っても先生方に知れたら大目玉どころでは済みませんでしょう?

 ですから決して誰の仕業か解らないような陰湿な苛めだったそうですわ。


 授業で縫いかけの羽織が切り裂かれていたり。

 男の子のほうは階段から突き飛ばされて、危うく大怪我するところでした。

 ……その内。

 その内、妙なことが二人の周囲に起こり出したんですの。

 学内のとある生徒たちが…何者か、いえ、何がしか獣のようなものによって殺戮されたんです。校舎内に打ち捨てられていた遺骸は、大層、無残な有り様だったと聴きます。もちろん、ことは令嬢、令息に関わりますからね。警察も躍起になって犯人を捜しましたが、とうとう、事件は迷宮入りしたそうでございます。


 双子への苛めが止んだのはそれからのちのことだそうです。


 ラビアーカ。


 彼らは、ラビアーカが自分たちを守ってくれたのだ、とこっそりわたくしに教えてくれましたわ。

 わたくしが聴き慣れぬ単語に、それは何だと尋ねましたら、自分たちの守り神の……、そう、コトノハ。コトノハの化身だと言うばかり。

 わたくしには何のことやらさっぱり解りませんでした。


 でも、美しい響きでございましょう?

 ラビアーカ。


 わたくし、実はそれらしきものを一度だけ、垣間見たことがありますの。

 あれは双子がわたくしの家の門扉を潜り抜け、往来に出たところを二階の廊下の窓から見送っていた夕暮れのことでした。


 何とも美しい狼にも似た赤い色の獣が、二人の背後に一瞬、見えたのでございます。


 ああ、ラビアーカだ。


 わたくしはそう確信しました。

 そしてすこうしばかり彼らが妬ましくもなりました。

 だってあんまり優美な守護獣なんですもの。

 まるで戦艦大和みたい。

 けれど理由は何であれ、人を害する獣だと思うと、やはりラビアーカは不吉の化身とも思え。

 え? いえ、大和は戦うのがお仕事ですもの。仕方ありませんわ。

 とにかく多感な時期であったこともあり、ラビアーカに対するわたくしの心証は複雑でした。

 そうこうする内に例の真珠湾攻撃(1941)が起き、日本は太平洋戦争に突入しました。あの大和も昭和二十(1945)年、あえなく沈没……。たくさんの魚雷を受けたそうですわね。戦死者の方ももちろんですが、わたくし、大和がそれは痛かったことであろうと、涙が出そうになります。女ゆえの感傷とお笑いになります?

 従兄妹の双子は太平洋戦争が始まって間もなく、続けざまに病で亡くなりました。まだ若かったのに。

 わたくしにはラビアーカが彼らの魂を連れて行ったと思えたのでございます。

 さあ、ラビアーカについてわたくしが知ることはほんのこれくらいでございます。


挿絵(By みてみん)



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