魔女
富山県高岡で四百年の鋳造技術を活かして作られた真鍮の風鈴が新たに手元に届いた。
まだ風鈴には早い季節だが、吊忍の下に新たにコトノハを運ぶ風を告げてくれる役割の物として吊るした。今までのはだいぶ古びて錆びてもいたので、つけ返ることにしたのだ。玉葱型の形をした新しい風鈴は、色も涼しげな銀色で夏には目でも涼を得られそうである。
吊忍につけ直す際、チリ、チリン、とこまやかな音を立てた。
春の桜はとうに散り、今や新緑の季節である。
私は長靴を穿いた足で、どっかどっかと蝸牛やダンゴ虫を踏み潰して歩いた。そうして雑草をぶちぶちと抜いて回る。昨日、雨が降ったので、地面がぬかるんで雑草抜き日和だ。雑草と芝草は実は同義語で、伸び過ぎて放置に負えないもの、夏に桔梗や紫陽花が咲く場所の近くに生えてあるものを雑草と見なして引き抜いている。
聖やテレーゼも手伝ってくれている。
「コトさん、これは抜いても良いの? 手強そうだけど」
今日はパウロがいないので、テレーゼが片言の英語で訊いてくる。
彼女が指し示しているのは紫陽花の茎だった。上部の真緑の箇所の下は枝のような外観で、太く地に根を張っている。
私は慌てて首を横に振る。横目についたなめくじを踏みにじりながら。
「いけません、それは大事な花です」
私も片言の英語で止める。紫陽花は正確には落葉低木である。だから正確にはテレーゼが指しているのは幹なのだ。引き抜くのは至難だろう。 ふ、とテレーゼの動きが止まった。色白の腕に金髪が掛かる。
春の良い天気に相応しからぬ、そしていつも開放的なテレーゼに相応しからぬ、翳りを帯びた表情だ。
栗の皮を思わせるテレーゼの茶色い瞳に、私は問うた。
「どうかしましたか?」
少し琥珀色がかった虹彩が綺麗だ。
「……私の家の庭にも、ママが大事にしてた花、あったよ。ダリア。地植えで、植え付けの時には支柱を立てて……。ママは毎朝、ダリアに言葉を掛けてたわ。今日も綺麗ね、とか、元気?とか。私の町には、他にもダリアを育てている家があったけど、うちのダリアの色艶には及ばなかった。最初は皆、褒めてくれて……でも次第にうちを気味悪がるようになった。うちの庭の草花だけ元気過ぎる、他の家の庭が病気でやられた時もうちのだけ元気なのは変だって。……それで私たち一家は、町を出たの。あのままだと、ママか私が魔女だとさえ言われかねなかったから」
テレーゼは俯いた。
witch(魔女)という単語がやけに生々しく明確に響いた。近世ヨーロッパでは魔女狩りが盛んに行われたと聴く。
結果としてテレーゼたちは追われるように町を出た。
とても他人事ではない。
テレーゼが魔女なら、私も魔女だ。
そこで流離っていたテレーゼ一家の噂を聴きつけた隼太が、彼女たちを手の内に確保したのだろう。何でもコトノハが処方出来たのはテレーゼの母とテレーゼだけで、父と弟妹にはその素質は無かったと言う。隼太は迷わずテレーゼとその母だけを庇護下に置いた。結果、家族は離散の憂き目に遭ったのだ。
「…………」
紋白蝶がひらりひらりと舞っている。
青い空の下に滑る白。
舞う姿がテレーゼの心の慰めになれば良いが、今のテレーゼは下を向いてしまっている。
いつか家族が揃う日が来る。
そう言うのは容易いが、それは私の実体験からしても軽々しいコトノハだ。
テレーゼには届くまい。
私はテレーゼの軍手をした手を包み込んだ。互いの軍手についていた土がぽろぽろと落ちる。
聖は口を挟まずそんな私たちを見守っている。
ここにもコトノハゆえに人生を狂わされた人がいる。
私は少し思い違いしていたのかもしれない。
コトノハを処方する音ノ瀬一族現当主。
それゆえに人より重荷を背負っていると。
その重さを測るのは一体、誰だ?
テレーゼより、パウロより、恭司より楓より、私がコトノハに振り回されていると果たして誰に言えるだろう。
そこに在る違いは責任の有無だけで。
辛さ苦しさに尺度はないのだ。
聖などは、その責任の有無こそを取沙汰して私を憐れむのだろうが…。
私とテレーゼたちに確たる違いなど、実は最初からないのだ。
苦しみもがく渡世は、平等なのだと思う。




