献立
私は最近、悩んでいる。
悩みの対象は楓だ。
早いもので、今年で小学六年になる楓は、可愛らしい美少女の容貌が目立ってきた。
昔、何かの本で読んだことがある。
女の子の容姿というのは残酷なもので、六歳ぐらいになるともう、その優劣が定まって見えてしまうのだと。
容姿だけが全てとは決して思わない。寧ろ楓には心根の優しさをこそ育んで欲しいが、楓は人目を惹く女の子に成長していた。
私はどんな姿形でも楓が可愛くて仕方ないのだが。
そして寂しいことに最近の楓は私に抱っこをねだらない。縁側で胡坐を掻いている時に、膝に収まってくるくらいだ。まあ、十二歳にもなろうかという子供を抱っこするのはかなり筋力の要るものだが。
私は矢倉の御舘や花屋敷などに赴く際、楓の意志を尊重しつつ彼女を同行した。
カレンは最初こそ楓を警戒視していたものの、今ではだいぶ打ち解けている。生い立ちもあり、楓は人付き合いの逆境に強い。コトノハ処方の是非関係なく、人と接することが出来る。彼女のその成長振りは、私を安心させた。同年代に心許せる友人を作るのは、カレンの為にもなるだろう。
ただ一つ。
老婆心かもしれないが、恭司との関係にだけは一抹の不安を隠せないでいる私がいる。
傍目には美少年と美少女、少し年の差はあるがお似合いの微笑ましいカップル(もしくは兄妹?)と見えるかもしれないが、恭司の実年齢や経歴を考えると果たして今のままで良いのかと思い悩む。これが他人事であれば自由にさせておくのが一番、と平然と割り切れただろうが、私も人の親になったということか、楓に関しては中々寛容になれない。悟とも仲が良いようだが、恭司との仲は悟とのそれより些か異なるように見えるのだ。
一度、学校への送り迎えを申し出てみたことがある。
けれど楓は一瞬、顔を輝かせたものの、すぐに思い直した表情で恭司君で良いよ、ことさん忙しいでしょう、と言った。
恭司君が、良い。ではなく、恭司君で、良い。か。
このニュアンスの違いは微妙だ。
私はまだ楓の中で、恭司より大きな位置を占めているのだろうか。
恭司のほうはどうなのだろう。
あの、野良猫にも似た自由気儘な、気位の高い少年(見掛け)は。
……孤独で。
こうして考えると恭司は隼太とよく似ている。それは気も合う筈である。但し、隼太よりは柔軟だ。その柔軟さがあればこそ、楓ともまだ連れ立っていられるのだろう。
私が不在の間も特に楓を狙った敵襲などはなかったと聴いた。
もう恭司が楓の送り迎えをする必然性もそうないのだが、彼は依然として楓のボディーガードを続けている。彼の心境を思うと私は楓への親心とは別に切なくもなるのだ。
晩春の夕暮れ時、楓が恭司に伴われて帰ってきた。恭司はそのままするりとうちに上り込む。本当に猫のようだ。最近では恭司がうちに寄っておやつやら夕飯やらを食べることがよくある。時々、楓に宿題を教えてやってもいるようで、そういう様子を見てしまうともう、こちらが何を口出すものでもない気がする。
庭に降り立ち、私の見様見真似で草木の手入れをする楓を、恭司が縁側から見ている。
その眼差しに宿るものを私は読み取れない。保護者のようでもあるが、混沌とした色合いだ。尖鋭な輪郭に夕日が当たり、彼を天使の彫像めいて見せる。
庭は柔らかなオレンジ色に満ち、楓は長い髪を翻しながら、時折それを邪魔そうにもしながら、雑草を抜いたり如雨露で水を遣ったりしている。
縁側に佇む少年。庭の手入れに勤しむ少女。
それは一枚の絵画のような光景だ。
不意に私はその厳かな絵画を乱したくなった。
どんな感情から来た衝動なのかは解らない。
「恭司さん。夕飯も食べて行かれますか」
楓に向けていたのと同じ、穏やかな眼差しがこちらを向く。彼はこんな表情も出来るのだ。
「献立は?」
綺麗だな、とごく自然に思う。
「甘鯛のフライ、カニクリームコロッケ、キャベツの千切り、茹でた人参に、わかめと豆腐の味噌汁です」
「食べてく」
「甘鯛のフライがお好きですか」
「好きだ」
「楓さんがお好きですか」
「そこを列挙すんなよ。根拠は」
「今、在る貴方の全て」
「抽象的な言い回しは好きじゃない。面倒臭い」
恭司は縁側の下に投げ出していた足の片方でちょい、と地面を蹴った。
「ガキはお呼びじゃないとお逃げになるのもご自由です」
「挑発も好きじゃない。もっと面倒臭い」
けど、と恭司は続けた。
「好きだ」
え、と私は顔を上げた。ついに恭司から言質を取ったと思ったのだ。
しかし。
「カニクリームコロッケもな」
そう言った恭司の悪い笑いは、やはり確かに隼太に似ているのだった。




