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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第三章
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 それから私は数ヶ月を費やして、時間を見つけては隼人の日記を読み解いた。

 内容は1920年代から1940年代に至るものだった。記述にはむらがあり、ひと月も書かない空白期間があるかと思えば毎日を詳細に書き込んでいる部分もあった。

 何せ戦時中の人間の言葉と文字で、しかも時に解読不能な符牒のような単語まで入り混じっておまけに数がある為、読み進むのに苦労した。癖のある達筆という点も、その苦労に輪を掛けた。

 驚くべきは隼人の理知的に時代を解明している点であった。

 彼は早くから軍と外務省という二重外交の存在に気付き、これを懸念しており、「まるで一頭の馬に二人の乗り手がいて、しかもその両者は全く違う方向に向かおうとしているかのようだ」と称している。

 一枚岩ではいられなかった日本という国の限界。

 中国侵略の無謀。重要なのはどの政党が主権を握るかではなく、どの政党が日本国人民を潤すかということ、経済の長期的展望の前に戦争は必ずしも得策ではないこと、云々が書かれていた。1930年代の日記には日本軍部が欧米に比して情報を軽視し過ぎる、もっとコトノハを重んじるべきだともある。

 これらの記述は、隼人はひたすら猪突に好戦的な性格であったとする私の認識を覆した。

 尤も、読み進むにつれて攻撃的なコトノハを如何にして生み出すかにも腐心している痕跡があり、中には明らかに危険と思われるコトノハも編み出されていた。この日記帳の取り扱いは慎重にも慎重を期さねばならない。そう思うにつけ隼太がこの日記帳を持ちながら、破滅のコトノハを唱えなかったのは不思議であり、更にはこれを私に預けまでするとは驚嘆すべきことであった。驚嘆すべきことと言えば、大戦前にアメリカに渡った音ノ瀬の人間が少なくなかったことも私の知らなかった事実であり、読んだ時には目を見張った。

 私はこの日記帳をまとめて風呂敷に包み、寝室の押入れの布団の一番下に隠した。


 押入れの戸を後ろ手に閉め、上を向きふう、と一息吐く。

 私は大伯父の日記から何を得られただろうか。

 今後の指針として役立つこと――――。

 少しでも佳きコトノハを処方し続けること。

 平和の恩恵を幸いと考え、それを守ること。

 岐路はまたやってくるのだろう。

 その時パウロたち含む一族の人間を守り、一族以外の人間も守るには。

これからも課題は多い。

 聖とパート・ド・ヴェールの盃で酌み交わせる日はいつになるだろう。

 もしかしたら私も彼と同じく白髪になる頃かもしれない。

 聖にはこの日記帳の話をした。彼もまた、考え深そうにその話を聴いていた。

 厳重に秘しておくべきだと言ったのは聖だ。私もそれには同意見だった。

 今後、これらに綴られたことが役立つ日も来るかもしれないが、願わくば来ないほうが良い。

 季節は春を迎えていた。冬に比べてだいぶ日が長くなった。

 客間に行くと台所で根菜の下拵えをしている聖が見えた。

「聖さん。こちらで一緒に桜を見ませんか?」

 振り返った聖は微笑してはいと頷き、野菜をざるに上げてから手をタオルで拭き、縁側に来た。私の隣に当然のように座る。

 当然に至るまでの道のりの何と長かったことか。

 満開に咲く桜。ひとひらが風に舞い、私の膝の上に乗った。

 はらはら、ひらひら、と白兎のような聖にも舞い降りる。

 私は聖に貰った腕時計のベルトを撫でた。

 散る花びらは桜の涙とも思え。

「どうされました」

「なぜか泣きたいように思うのです」

 この美しい春の日が、幸福の絶頂であるかのように思う。

 いつか振り返った時にそう感じるのではないか。

「お泣きになればよろしい」

 私はそっとかぶりを振った。

「私の代わりに桜が泣いてくれています」

「…………」

 今のこの光景を。聖が隣に座り花びらが蝶と見紛うように舞い、陽が射すこの光景を。

 目に焼きつけておこうと思う。

 きっと一生、忘れない。

 これから先、何度でも振り返る道標となるだろう。


「こと様。日は暮れゆけど、また昇ります。今日を限りと思われる必要はないのですよ」

「はい。けれどこの時、この一瞬を私は心に収めて生きてゆきたいのです」

「貴方の未来に、そう思える時が何度でも訪れるよう僕は願います」


 赤い瞳の私のウサギ。

 真実であれ、野暮を語ってくれるな。

 人は自分自身しか持たないと言ったのはベルギーの画家フェルナン・クノップフだったか。   

 それはその通りであろう。

 しかしそこに私はこうつけ加えたい。

 今は今しかない。人は今しか持たない。それもまた本当なのだから。

 一瞬一瞬が死に、一瞬一瞬が生まれている。

 その連続の中に私たちは棲んでいる。




挿絵(By みてみん)





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