雪のまにまに
時間に置いて行かれた私を無視して、雪が当たり前のように降ってくる。
私が矢倉の御舘を訪ねたのは晩秋だったから、そのまま季節は繋がり、今一つ一年経ったという自覚を私に持たせない。
桜の枝が白雪を載せて手を伸べるような姿になり、石灯籠の傘も雪を被っている。犬槇が白い世界の中で負けじと緑の色を保っているが、その上にも雪は降り続いている。私は犬槇の鮮やかな緑がいじらしくて、つい頑張れ、と胸中で応援してしまう。
芝草にも雪は積り、朝、楓が作った小さな雪だるまと小さな足跡が残っている。
それらの上にもまだ雪は降る。
空は縹色じみた曇天だが雲の動きにより時折、陽が射す。
天使の階梯と称されるそれを、私は冬休みに入った楓と半纏を着て寄り添い合いながら縁側の硝子戸越しに眺める。客間との仕切りの障子は開けており、暖房が心地よく縁側を暖める。更に私は半纏を着た楓を後ろから抱きかかえるように包み込んで胡坐を掻いているものだから、楓には暑いくらいかもしれない。
私が目覚めてから、楓はカルガモの雛のように私の行く先々について歩いた。私は少しの困惑を抱きつつも嬉しく、こうして慕ってくれるのもいつまでか、と思う。
いずれは彼女も親離れするのだから、今の時間を貴重と考え、大切にすると決めた。
もうすぐクリスマスだ。楓のプレゼントも選ばなければならない。おせちの手配や大掃除などの作業もある。暮れは何かと忙しいのだ。それに加えて私は、楓と行きたいところがあった。
「楓さん。新しい花屋敷を一緒に見に行きませんか?」
花屋敷のあった隠れ山は決して峻嶮な山ではない。だが、雪が降る天候ゆえに油断は出来ない。私は秀一郎と聖、そして楓を伴い、冷たい空気の中、背中が汗ばむのを感じながら山道を記憶に沿って進んだ。当初は楓と、運転手として秀一郎だけを伴う積りだったが、聖が自分も行くと言って譲らなかった。私が再び消えるのではないかと恐れているのだろう。私は彼の願いを叶えた。実際、聖が一緒だと心強くはある。
こうして見ると杉の高木が多い。
常緑の杉に雪がちらつく様は中々の見物で、こんな場合でもなければ雪見酒と洒落込みたいところだ。
あとは、私の記憶が確かなら椹という檜の仲間の樹も見える。しかし何分、朧な記憶で水辺を好む樹だったような気もするし自信はない。
足元には嘗てと同様、水仙がすっくと立ち咲き、寒気の中で凛とした風情を湛えている。
私たちは白い息を吐きながらめいめい、歩みを進めた。
容赦ないが、山の空気は清涼だ。下界の垢を洗い落とす、禊をしている気分になる。
近頃、前にも増して運動不足だったこともあり、今回はコトノハで飛ばずに徒歩で登山することに決めたのだ。
最初に来た時と同じ、先頭を聖、殿を秀一郎が固め、私は楓の手を引いてその真ん中を歩く。
やがて新築の花屋敷が見えてきた。
花の威勢は前より大人しい。コトノハで狂い咲かせる人間がいないからだろう。
だがこんな季節でも咲く山茶花やクリスマスローズなどがあり、芳香が漂ってくるのは変わらない。
花屋敷の外観は清風の似合う洋館へと変貌を遂げていた。以前は瀟洒で古めかしい洋館だったが、どこか見る者を圧する重みと一種の妖しさがあり、それが綺麗さっぱりと一新されている。屋根の色は明るく淡い青だ。
嘗ては無かった屋敷を囲む薄茶の煉瓦の垣根の切れ目を通り、私たちは新生・花屋敷の呼び鈴を鳴らしたのだった。
花屋敷の外装は変わったが間取りは以前と同じで、私たちは応接間に足を運んだ。
暖炉や――――煌めくシャンデリアも変わらない。私はシャンデリアの光を見上げて僅かに目を細めた。
パウロは私の申し出に戸惑う顔をした。
彼は現在、花屋敷に住む三十代のブラジル人だ。コトノハが多少だが処方出来る。隼太から託された人々の一人だ。他にも花屋敷には、パウロと似た境遇の人間が住んでいるが、花屋敷ではパウロが彼らを束ねている。日本語も話せるので、通訳も可能なのだ。
「元旦、音ノ瀬一族がうちに挨拶に来ます。その時、貴方たちにも同席して欲しいのです」
「……どうして、ですか。そんなこと、一族の人に嫌がられるんじゃないですか」
キリスト教の聖人と同じ名を持つ彫りの深い、色の濃い顔のパウロは表情豊かではないほうだが、今は困惑しているとよく判る。
「垣根を少しずつ取り払っていきたいのです。その為にまず、頑迷な考えを持つ一族の人間に、貴方たちの存在を公に認めさせたい。音ノ瀬一族の公認の庇護を得られるとなれば、貴方がたの立場や安全性も今までより確固としたものになります」
応接間で、相対して話す私たちの周りには、花屋敷の他の住人もいる。パウロは彼らにも私の言い分を通訳している。
皆、戸惑いを隠せない様子だ。
「いずれはロッジや余所にいる人たちも一族に認めてもらいます。パウロ、貴方にはこのことを彼らに伝えて欲しいのです。それから、将来的には一族の合議の席に貴方たちが着けるようにしたいとも考えています」
秀一郎も聖も何も言わない。私に委ねてくれている。
楓が私を見ている――――。
この子の澄んだ瞳に恥じないだけのことを、私はしたい。
焦らず弛まず。
一気呵成に変革をやりおおすことは不可能だろう。楓が次代を担うことになるかどうかはまだ解らないが、私に出来るだけのことは後悔のないようにやっておきたい。




