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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第三章
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いずれ咲く花

 聖との一夜から私は昏々と眠り続けた。

 あとから聴いた話によると三日間、私が寝ている間に秀一郎や俊介、大海や恭司、キャロラインまでもが見舞いに来たらしい。

 そしてまだ寒い冬の朝、目覚めた私の布団には温もりがあった。

 楓が忍び込んで寝ていたのだ。身体を丸めた猫のように。

 私は口元を緩め彼女のほつれた髪の毛に手を伸ばし、ふと気付いた。

 

 ――――――――楓が大きくなっている。


 心なし、髪も伸びたような。

 この時点で私は、季節が一巡したことなど知らなかった。ただ、矢倉の御舘に行ってから随分日数が経っているのだろう、ぐらいに考えていたのだ。

 私の動きに釣られて起きた楓はしゃにむに、私にしがみついた。顔を浴衣に埋めている。

 私は珍しいこともあるものだと思い、彼女を受け止めた。

 自分が浦島太郎のような状態にあることなど、思い及びもせず。


「こと様、入ります」

 そう言って寝室の襖を開けた聖は、今では穏やかな顔だ。

 三日前(と、この時点では私は知らないのだが)の晩、私を抱き締めて放さなかった余裕の無さなど、どこかに置いてきたかのように。

 満ち足りた笑顔で私を見つめている。

「お粥を持って参りました。食べられますか。積もる話は、食べられる最中に致しましょう」

 その間も楓はコアラのように、私にしがみついていた。私は楓が離れてくれるまで、十五分程、ユーカリの樹になった気分だった。違い棚に置かれた蝉の抜け殻、ビー玉、おはじき、そして天井から下がる草花を透かし彫りした木の電灯が、私を見守るようだ。実際、私はこの寝室で目覚めて、「帰って来た」という感覚を改めて味わった。


「――――一年?」

「はい」

「――――一年?」

「はい」

 俄かには信じられず繰り返し尋ねた私に、聖も律儀に繰り返し答えた。

「一年の間、こと様はご不在でおられました。……どこにも、おられなかった」

 私はお粥を掬う散蓮華の手を止めた。今日は休日らしく楓も着替えてまだ横にいる。

 冬の朝特有の刺すように容赦ない陽光と寒気は襖に遮られ、室内は暖房が効いている。

 まるで現実味のない話だと思ったが、楓や聖の容姿の変化に納得せざるを得ない。特に楓の変化は顕著だ。何より、聖はそんな冗談を言う性格ではない。楓がコアラにもなる訳だ。随分と寂しい思いをさせてしまった。聖に対してもそれは言える。

 少し面やつれしたのは、長らく姿を消していた私を案じてのことだろう。なぜそんな事態が起きたのか。考えられる可能性は一つしかない。

「遅効性のコトノハの副作用……」

 私は唇の端についたお粥の汁を右手人差し指で拭いながら言う。

 聖が頷く。

「僕と秀一郎君も同じ結論に至りました。当初はもっと神秘的要因を考えていましたが、そう考えれば筋は通ります。時空を歪める程のコトノハは、本来、禁呪です。それを行った為に、偶発的に有り得べからざる〝神隠し〟が起きた」

「確かにそれなら納得が行きます。月下美人が咲いていた理由までは解り兼ねますが」

 楓がいる前ではあったが、私は自分が見たものを聖に語った。

 音ノ瀬一族の歴史を。両親の最期を。

 聖が眉を苦しそうに寄せ、宗吾がしたことを打ち明けた時には妙に納得した。宗吾はもうその頃から常軌を逸していたのだ。

 私は宗吾を強く憎む気持ちにはなれなかった。

 彼もまた、音ノ瀬の業の犠牲者――――。

 一族の歴史を辿ってきたあとだからこそ、そう思えるのかもしれない。

 気遣わしげな顔で私を見る聖に、私は淡く微笑んで見せた。泣きたい気持ちがない訳ではない。けれどもう良いのだ。……もう十分だと父も言っていたではないか。

 だからここで涙する必要はない。

 それよりもこれからのことだ。

「一族の皆に顔見せをしなければなりませんね」

 当主が一年も行方不明だったのだ。その動揺や不安は相当なものだったろう。そしてその間、実質的に当主代行を務めた聖の負担も。

「…………」

 私は自分の不思議な時空旅行を思い返す。

 長い、長い歴史に降り積もり絡まり合った思いの数々。中には暗い凝りもある。

 一族の雪融けを私の代だけでやりおおすことは難しいだろう。長い目で見て、私は私に出来ることを為すしかない。

 その先にいずれ花が咲くだろう。

 でも今は。

 私は聖と楓の顔をそれぞれ見て、大事なコトノハを告げた。


「ただいま」 





挿絵(By みてみん)






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