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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第三章
130/817

色彩遡行

 紺青の海。藍の空。或いは朱色の陽。緑なす大地。

 全ての色が私を取り巻き、また、私の内にあった。

 私はいつしか白い浄衣を着てどこが天とも地ともつかない空間に浮遊していた。

 古の音ノ瀬の人を見た。

 戦に行くのだろうか。武具に身を包み、送り出す側から無事帰還の祈念のコトノハを処方されている。防人(さきもり)となりに行くのかもしれない。

 ああ、赤い焔の色が見える。

 焼けてしまう。

 焼けてしまう。

 私の目に映るビジョンは古代から緩やかに時を経ていく。

 角髪を結った少年がコトノハの歌を詠む。

 平安の小袿姿。翻る、朱袴。

 醜い後継争いの様子。コトノハで争い合う。

 中世にはコトノハで全てを思うままにしようとした悲しい女性の姿。

 ビジョンは次々と切り替わり、雪崩のように私を覆う。

 恐れられ、喉を焼かれた一族の子供。まだ幼い子を。

 村人たちは恐怖の余り、正気を失くしていた。

 投石に追われる一族。

 迫害の様子に、私は胸を痛めた。

 ぐるりぐるりと色が回る。時が巡る。巡り巡って色彩の乱舞に目眩がする程。

 白い浄衣の袖を思わず頭上にかざす。そうすると白に守られ、暴力的なまでの色の波涛から逃れることが出来た。けれど知りたいという欲求に、ついまた袖を退ける。

 そこには座敷牢に座る少女がいた。

 コトノハを目当てに虜囚となった、いたいけな子。

 彼女はやがて白砂と金の粒となり果てた。それは美しいが哀れを誘う末路であった。

 色彩の乱舞は音ノ瀬の来し方を映し出しながらとどまることを知らない。

 愛情、憎悪、嫉妬、悲哀、怒り、あらゆる感情が私を責め立てるように押し寄せた。


 音ノ瀬隼人が歩いている。

 会ったことはないが、私にはそれが音ノ瀬隼人だと判った。

 大海より隼太に似た面差しは不満と不信、失望に曇り、彼は暗緑色の軍服の、ズボンのポケットに両手を突っ込んで暗い夜道を歩いている。

 軍部に飼い殺しにされていた頃かもしれない。

 場面は変わり、隼人は椅子に座って、机上に向かい猛烈な勢いで何かをがりがりと書きつけている。半面が影となった鬼気迫る表情だ。己の鬱憤を晴らす日記でも記しているのだろうか。点されたランプの明かりに蛾が群れている。万年筆の質が悪いのか勢いが強過ぎるのか時折、インクが飛ぶ。

 がりがりがり……

 彼は書き続ける。


 また、炎。

 空も大地も燃えている。

 赤々として。

 人々の恐怖と絶望が氾濫している。

 どんなコトノハも効かない。

 こうなってしまっては――――。


 ――――火種を防ぎなさい――――


 お父さん、貴方は正しかった。正しかった。

 そして正しい貴方たちは今にも船に乗ろうとしている。

 それに乗ってはいけないという声を出すことが出来ない。

 その船には悪意がある。転覆する。海の藻屑となってしまう。

 悲劇は私の願いも空しく忠実に再現された。

 大波ではない、意図的に仕組まれた細工により船は上下を逆にした。

 飛び散る飛沫、飛沫、飛沫。もがくように海中から突き出る手。


「もうやめて、見たくない!!」


 叫んだ私は、雪降る家の縁側にいた。服装は矢倉の御舘を訪れた時の物に戻っている。

 私の叫びが聴こえたのか、聖が客間から障子戸を開けて出てくる。

 その顔には驚愕が色濃い。

「こと様――――――――」

 聖は赤い目でまじまじと私を凝視した。まるで迂闊に動けば私が消えるのではないかと恐れるように、彼は一歩、一歩、慎重に私に歩み寄る。

 そして私は聖の腕に包まれた。

 温かい。

 私の中の何かが決壊した。私は聖の腕に、胸に縋った。

「聖、聖さん、離さないで。離さないでください」

 私は長く独りで果てない旅をした。聖の腕の温もりは、私にとって確かな現であり、また、心にとって慈しみであった。

 聖は言わずもがなのように長い時間、私を抱き締めたままでいた。そして私はその晩、聖の部屋で過ごした。聖は私を文字通り離すまいとし、私も離れまいとした。

 雪景色を背景に、私は雪兎に抱擁されていたのだ。

 



挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 一年以上を経ての帰還……!!
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