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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第三章
127/817

疑問符

「二年前。俺が中東であるテロ組織と取引していた時。相手はコトノハや、それを処方する音ノ瀬の存在を知っていた。三年前、丁度こんな晴れた日に、目障りな当主夫妻を抹殺してやった、と奴らは言った。酒の勢いもあって自慢げに吹聴していたな。俺は素知らぬ顔で、どうやって当主夫妻が瀬戸内の漁村からウサギ島に渡ろうとしているという情報を得たのか、と尋ねた。匿名でコンピューターに垂れ込みがあったという答えを得て、俺は当時、この機密事項とも言える情報を知り得たのは誰か、調べた。奴らのパソコンを苦労して遡って調べ、辿り着いたのがこの男。音ノ瀬宗吾だった」

 隼太は銃を構えたまま、淡々と語った。

 彼のコトノハが嘘ではないことは、その場にいる誰もが聴き取った。

 聖は瞠目したまま動かない。秀一郎も。

 恭司は眉をひそめ、広げていた両腕を下げた。

 宗吾は硬直して、唇を震わせている。言葉が出ないようだ。

〝聖、聖、戻らないよ……。お父さんもお母さんも、帰って来ないよ〟

〝私は一人になってしまった〟

〝ごめんね、聖〟

 聖の脳裏に浮かぶ、五年前のことのコトノハ。

 水底に沈んだ先代当主夫妻。嘆きの底に沈んだこと。

 ざわりと白髪がざわめく。

「なぜだ……」

 宗吾は答えない。

「なぜ、先代当主たちの死を望んだ? なぜだ!」

 先代当主夫妻さえ生きて戻れば、ことはもっと楽に生きられた筈だ。

 自分を責めなくて済んだだろう。

 彼女が、亡き両親の為に泣けるようになるまで、どれだけの時を要したか。

 問うても益が無いとは聖にも解っていた。

 詰まる所、宗吾は、その頃からもう当主の座への妄執に狂っていたのだ。

 宗吾の胸倉を掴む聖を、秀一郎が止める。惰性だろう、乱れた背広を宗吾がのろのろと直す。だが秀一郎の顔にも明確な怒りの色はあった。

 ことの苦悩と嘆きを見てきたのは聖だけではない。秀一郎とて、聖がことと距離を置いていた五年の間、彼女を見守ってきたのだ。その孤独に胸をひりつかせるような思いで。

「愚問だな。確実に当主の世代交代を図る為だろう。後ろ盾を亡くした、まだうら若い女の当主なら、つけ込む隙があると考えた。こいつにとっての計算外は、遺された娘が立派に跡目を継いでいたことだ。これで解ったか?その男は十二分に、死に値する男だ」

「――――――――――――駄目だ。それでも。それでも許されない。何よりこと様が望まれない。僕には解る」

 拳銃を構え直した隼太に、宗吾の背広から手を放した聖が断言する。ちっ、と隼太が舌打ちする。

「話にならんな。お前は本来なら当主の甘さを、諫言を以て戒めるべき立場だろうが」

「それではこと様の望まれる音ノ瀬の在り方にはならない。こんなやり方じゃ駄目なんだ。恐怖政治を敷いても意味がない」

 一族の雪融けは来ない。

 宗吾を殺せば畢竟、春は遠ざかる。

「隼太君。今になって宗吾さんの罪を暴くのはどうしてだ? 告発しようとすれば今まで機会は幾らでもあった筈だ」

 問う秀一郎に、隼太がにやりと笑う。隼太はそうした笑みがよく似合う。

 笑んだ瞬間、シャンデリアの光が皓歯に反射されたかのようだった。白と透明の中間くらいの色が居並ぶ人間の目に映る。

「切り札はいざという時の為に取っておくものだ」

「僕も聖君のように問いたい。なぜだ。なぜことさんばかりを追い詰める? 彼女はただ女性の身で、当主としての重責を負うていただけじゃないか。なのになぜ、更に負荷を掛けようとするんだ。君も、宗吾さんも」

 

 隼太がそれに答えようと口を開いた時。


(さつ)っ」


 甲高い声が響く。

 隼太の口から出てきたのは言葉ではなく血の塊だった。がふり、と血が溢れる。

 紫陽花色にぱっと華やかな赤い花が咲く。

 誰もの意識から注意が逸れていたカレンが、コトノハを処方したのだ。父親を守る為に。

 隼太はよろめき、拳銃を取り落した。そのまま倒れ込もうとするのを恭司が支える。烏の旋回はいよいよ激しさを増し、狂ったようになるが誰もそれを気に留めない。

 乱れ落ちる黒い羽。噴きこぼれる朱赤。紫陽花色。

 それらは対比して妖しく、目まぐるしい美しさだ。

「隼太! ()()。…畜生、どうして治らないんだよ。おい、鬼兎! ちゃんと力を増幅させろよ!」

 恭司がコトノハを処方するが、隼太の口から溢れ出る血はとろとろと止まらない。ワックスで磨き上げられた床にも赤が流れ落ちる。並大抵のことでは死にそうにない頑強な男が、現在、たった一人の少女の処方したコトノハで死の淵にいる。

 聖が神妙な面持ちで隼太を診るように跪く。

「あのコトノハは即効性が強い。しかも無防備なところに受けた。こと様でもなければ解毒出来ない」

「おっさん! 音ノ瀬ことはどこだっ」

 恭司の問いに、どこかぼんやりとした風情で宗吾が答える。

「蔵に…………」

「鍵は?」

 訊いたのは秀一郎。

「……これだ」

 宗吾から鍵を受け取った瞬間、秀一郎が応接間を駆け出た。今、聖が隼太の傍を離れる訳には行かない。



挿絵(By みてみん)




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