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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第三章
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遅効性

 ことがいつまでも戻らないので、さすがに聖も秀一郎も楓も不審に思い始めた。

「あの。あたし、ことさんの様子、見てきます。お手洗いの場所、教えてください」

 ここで初めて宗吾が無表情で楓を見た。そしてしばらく沈黙したあと、今度はいつも通りの笑顔で答えた。

「心配ないよ、楓嬢。御当主は闇という名の部屋に滞在されているだけだから」

 ガタンッと音を立てて聖が席を立つ。

「……遅効性のコトノハか。毒を盛ったな」

 鍵になったのは応接間を出ることに、宗吾が処方したコトノハだ。


〝お気をつけて〟


 宗吾はあのコトノハに、自分の思惑に沿った空間を調合してことに服用させたのだ。

「御当主には存念を変えられるまでご滞在いただこうと思っている」

「許されることではないぞ、音ノ瀬宗吾。これは立派な謀反だ」

 聖の弾劾にも宗吾は涼しい顔だ。クリスタルシャンデリアの燦然たる光を浴びて、何ら恥じることはないという目をしている。

「何とでも? これで次代の音ノ瀬当主の座が手に入るなら安いものだ」

「手になど入らない。こんな真似をして、一族の重鎮たちが従うとでも思うのか」

 その聖の言葉を受けて、宗吾の表情が一変した。憤りに。常ににこやかな表情が、まるで白化粧が落ちるように落剥する。歯軋りさえ聴こえそうな素顔が現れる。

 聖は般若の面を連想した。

 そして般若は本音を暴露する。

「特権階級の副つ家には解るまい。矢倉の御舘は古くより武力によって音ノ瀬に奉仕してきた。コトノハによる奉仕が光なら、言わば影の部分を担わされてきたのだ。にも関わらず、平和な世となると次第にその存在を忘れられていった。……先の花屋敷の一件。もし矢倉の御舘がいたならば、一騎当千の働きをコトノハでなくともしたであろうものを」

 だからと言ってこんな暴挙に出たところで、音ノ瀬カレンが次代当主になれる筈もない。宗吾は当主の座に固執する余り、それさえ判別出来ないのだ。大海とは違う意味で、ある意味彼も狂人だ、と秀一郎は思った。


 烏の鳴き声と、窓硝子が割れる音が同時に響いた。

 応接間の廊下側に嵌まっていたステンドグラスは美しく苛烈な華やぎの破片を散乱させている。廊下側には庭側よりも濃厚な色彩の硝子が多用されていた為、その無残な華やぎは一層、目に沁みるようだ。じゃり、じゃり……、と、その華やぎを踏みしめながら歩く男がいる。狂ったように烏が応接間の天井を忙しなく旋回する。

 宗吾や聖を初めとした一同が一斉に隼太を見た。いつの間に御舘に入り込んだのか。隼太はいつかのロッジで使用していたのと同じ拳銃を構えていた。コルト ガバメント。通称「M1911」。今のは単なる威嚇射撃だ。

 聖が宗吾を、秀一郎が楓とカレンを庇うように前に出る。尤も彼らも、隼太の標的が誰なのかは見当がついていた。

「退け、鬼兎」

「駄目だ。それは許されない、隼太君」

「災いの芽は消し潰すのが一番だろう。謀反人には死を。それが法則(セオリー)じゃないか?」

「現代日本でそれは認められていないし、こと様もそんな結末を望まれない」

 聖も秀一郎も、隼太の行動の所以を理解していた。ここで宗吾が死ねば音ノ瀬カレンが次代当主となる可能性は完全に消え、楓の対抗相手はいなくなる。そして次代当主となる楓に恭司を宛がい、彼を後ろで操り音ノ瀬家を意のままにする――――――――。それが隼太の狙いだ。

(ばく)

(かい)

 秀一郎のコトノハに重なるように隼太のコトノハが響く。隼太は辛くも身動きの自由を得たままだ。



 恭司は眼前に聳える洋館を見ていた。今日、ここで楓の将来に関する重要な話し合いが行われるであろうことを、彼は秀一郎より聴かされていた。そして矢倉の御舘の場所まで恭司は教えられていたのだ。初めは自分には無関係のこととして無視しようと思ったが、日が経つにつれてどうにも気になり、結局、電車とバスを乗り継いでここまで来た。だがこれからどうするかの予定はない。自分がここにいても出来ることは何もない。

 踵を返そうとした恭司の耳に、硝子が派手に割れる音が聴こえた。




挿絵(By みてみん)




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