盂蘭盆会
「山田さんは爪楊枝とマッチ棒ならどちらが好きですか?」
「え、両方、嫌いじゃありません」
「そうですか」
どちらかを答えろよと言いたいが、質問自体が奇妙であることを承知する私にそれ以上詰め寄ることは出来ず、彼の実家から送られて来たという艶々とよく肥えた茄子と胡瓜を両手に縁側に坐して扇風機の風に当たっていた。
例の紫色の羽をした扇風機だ。クーラー程の威力は期待出来ないが、懸命に動く羽が可憐だ。
光源氏は好きではないが、紫の上、とでも呼びたくなる。
俊介は私より客間に引っ込んだところに正座して、主人の顔色を窺う犬のように私の様子を上目遣いに見ている。時々、頭をわしゃわしゃと撫でてやりたくなる男だ。
「馬と牛の脚を何で作ろうかと思いまして」
私は説明する。不親切な言葉で。
どうにも俊介に対しては不親切になってしまうのは良くないな、と思ってはいるのだが私の性かこの男の性か、これが中々に治らない。
「あ、お盆のですね。胡瓜で馬、茄子で牛!」
不親切を健気にも汲み取る呑み込みの良さが私を甘やかしているとも言える。
「はい」
「そういやうちでも作ってましたよ。懐かしいなあ」
「山田さんはお盆は帰省されないのですか?」
問うと、俊介はよく日に焼けた二本の腕を組んだ。
「う~ん。今の依頼の、進捗次第です」
「大変ですね」
お前、こんなとこに来てる暇あるのか。
「いえ、ことさんは御本家の当主ですよね。やっぱり親戚の皆様がこちらにお集まりになるんですか――――?」
胡瓜の緑は若くて強い。
茄子の紫は濃くて深い。
先祖たちは、若くて強い馬に乗って生の世界に駆けて来て。
濃くて深い牛に乗って、ゆっくりとあちらに帰るのだ。
迎え盆から送り盆まで。
私は毎朝、水垢離をして、白い綾織の単を着て過ごす。
線香の匂い漂うこの期間は依頼を受け付けない。
一人、二人、と音ノ瀬の人間が本家である我が家に贈り物を携えて参り、当主である私に叩頭して挨拶する。
一斉には集わずぱらぱらと。
それが昔からの習わしだ。
密やかに、密やかに。
力に驕り、「表」に関わっては決してならない。
大伯父が道を踏み外した後、祖父母らの垂れた訓戒が今にまで生きている。
私は一族と見えることで、彼らを見極めてもいるのだ。
コトノハを悪用する兆しはないか。
それは音ノ瀬家当主に課された大きな務めの一つだ。
火種を防ぎなさい。
家督を継ぐに当たり、前当主である父より私に処方された強烈なコトノハだ。
私は進んでそれを服用した。
望んで生きて、このように在る。
ただ、煩いのが。
お盆の間、日参し、私の右後ろに小姓のように控える秀一郎。
一体、何なんだ。
私と揃えたような白の上衣と袴はどこかの神職のようだ。仰々しい。
「……秀一郎さん。その格好でうちまで来てるんですか」
客が途絶えた時に私はうんざりとして尋ねた。
果たして鼈甲ぶち眼鏡男はにっこり笑い(この笑顔が曲者なのだ)。
「車は近くの駐車場に停めています」
「いつから座敷童に転職されたんですか?」
「婿養子になると決めた時からです」
ダメだ。
嫌味に直球で返してきやがる。
「邪魔なのでお引き取りください」
「送り盆の精霊流しまではお付き合いさせてください」
「断れば聞き容れてもらえますか」
「ならばコトノハを使われますよう」
きちんとした真顔で応じる。
ブルドーザーでも持って来ないとてこでも動かん気か、こいつは。
私が重い溜息を吐くとすかさず団扇で扇いでくる。
もう本当に面倒臭いし蹴っ飛ばしたい。
そして送り盆の夕方。
うちの近くを流れる川に、たくさんの燈籠が浮いている。
ゆらゆらと心許無く揺れながら、魂を乗せて。
私は単の上に桔梗色の透織を纏い、今日は白麻のシャツとズボンの秀一郎と並んで幽玄の光景を眺めていた。
あの中に。
もしかしたら、あの中に。
「御両親からは、まだ連絡がないのですか」
私の思いを見透かしたような秀一郎の質問だった。
「……」
ああ、蜩だ。蜩が鳴いている。
私は意識をそちらに逃がした。
「警察は、何も?」
「……」
「音ノ瀬隼人の子孫がコトノハを使い犯罪に関わっているという噂は、裏付けられてしまったのですか。ことさん」
「…………」
「――――ことさん」
大伯父の名前は、現在でも一族の中で禁忌だ。
「御霊たちの前です。今は慎んでください、秀一郎さん」
「――――申し訳ありません」
蜩が鳴いている。
色鮮やかな燈籠の光りが滲む。
滲むだけ。
雫はこぼさない。
「貴方が傷ましいです」
蜩の声に混じって耳に届いた秀一郎のコトノハは、ひどく打ちひしがれていた。
光が遠ざかる。




