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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第二章
112/817

彼岸の赤

 釣忍がチリーンと鳴る。

 お前は一体どこに行こうとしているのかと問うように。

 秋の空気に乗って月桃香が揺らめいて、それはまるで私の心のようで。

 譲れない、と我を張ることで、大切な人たちを傷つけはしないか、私にも恐れはある。


 漬けた柴漬けが半分程に減った頃。

 私は隼太と例の喫茶店で待ち合わせをした。思えばこの店に彼を招くのはこれが初めてだ。そのくらい、私が隼太を信用するようになった証だろうか。

 午前十時の約束の時間より五分早く店に着いたのだが、隼太は既に来ており、磨き抜かれた飴色も美しいテーブルの、カウンター席に座っていた。

 流しの向こうに設けられた低い棚に飾られた、赤紫が可憐な萩の花を見ている。

「お待たせしましたか」

 隼太は今日も紫陽花色のコートを着ている。

「待つ積りで頃合いを見計らった。問題ない」

 彼は薫を飲んでいるようだ。単純なもので、共通する嗜好を見出すと、同士のような気持ちが少なからず湧く。隼太の隣に座り、私もマスターに薫を注文する。

「お話とは何ですか」

「隠れ山のロッジを一時的に引き払う」

「――――わざと隙を作るのですか」

「そうだ。今、あのロッジに滞在している連中は余所に移せ。花屋敷で痛手を蒙った奴らは、次を狙うだろう。完膚なきまでにそれを撃退して、音ノ瀬に手出しする愚行を思い知らせる。そういう筋書きだ」

「それで襲撃は止むでしょうか」

「お前は誰だ」

「え?」

「音ノ瀬一族現当主・音ノ瀬ことだろう。その矜持を、揺るがせにするな」

「…………」

 まさか隼太からこんなコトノハを処方されるとは思わなかった。

「指揮は俺が執る。荒事に関しては一日(いちじつ)(ちょう)があるからな。退去が完了次第、報告しろ」

「――――……解りました。ただ、双方に死者を出したくはありません」

 そう言った時に私を見た隼太の目は、莫迦にするようで憐れむようで、印象に残った。


 隠れ山にも彼岸花がちらほら咲き、目に季節を知らしめる。

 ロッジは黒く傾斜した大きな屋根を持つ二階建ての木造家屋で、典型的な山小屋の外観だ。

 私は聖と秀一郎とベランダの入り口脇に、隼太と恭司は一階の玄関とに分かれて身を潜めていた。大海は楓の守りに残した。例によって聖たちは私が戦いに加わるのを渋ったが、彼らにばかり危険な汚れ役をさせる訳には行かないと、私も参戦する旨、説き伏せた。

 緊張ゆえもあるのだろう、きんと冷えた山の夜気が身を包む。

 そうして暗闇の中、どれだけの時が過ぎただろうか。硝子を割る派手な音がベランダ入口から響き、黒服の男たちが侵入してきた。

(ばく)

 私のコトノハで、数人が硬直して動けなくなる。

 怯んだ後続の男たちが銃を構える前に、隼太が携帯していた銃を発砲した。

「百のコトノハより一の銃弾が勝る時もある。憶えておけ、音ノ瀬こと」

 敵は花屋敷を教訓に、数を恃んで続々とロッジ内に侵入してきてきりがない。

 一人一人を相手取るよりコトノハを畳み掛け、戦闘意欲を一気に削ぐしかない。

(ざん)!」

(れつ)

 恭司と秀一郎のコトノハにより数人の身体から血飛沫が飛ぶ。

(れき)

 私が処方したコトノハで、割れた硝子の破片が追い打ちを掛けるように彼らに飛来する。

 透明な一片一片が意志を持ったかのように動く。閃き輝く。

 聖の存在により、私たちのコトノハはそれぞれ効能を増している。

 男たちが次々にくずおれていく。

 

 物の十分足らずで戦闘は終結した。

 予め連絡しておいたキャロラインたちが、彼らを以前と同じように連行していく。前回との違いは、負傷が火傷か裂傷、銃創かということと、人数の多さである。

 それでも垣間見た彼女の横顔に疲れが見出せないのはさすがというところか。

 彼岸花と同じような血の赤が、もう私たちに手出しする気を起こさせないよう、私は願う。今回の戦闘に加担した時点で、私は一時的でも抗争に身を置いたことになる。

 私の心境は複雑だった。一滴の血も流さず、守ろうとするのは難しい。

 隼太は私にそれを思い知らせようとしたのだろうか。

 本当に〝思い知らされた〟のは誰だったのか。

 懐に入った窮鳥は、考えた以上に重かった。




挿絵(By みてみん)



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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか隼太から助言というコトノハが出るとは……。目に鱗です。 ただどんどん血生臭さが増していきますね。
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