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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第二章
111/817

その日を

 彼らは皆、ビクターと同じく外国人で、そしてスーツを着込んでいた。

 雰囲気からして訓練を受けた者だということが肌で察せられる。

「こと様、楓さん、動かないでください」

 聖が言い、半身の構えを取る。

 しかし多勢に無勢、しかも私たちはぐるりと取り囲まれているのだ。

 一斉に攻撃を仕掛けられたら幾ら聖でも対応出来まい。

「貴方たちは誰ですか」

 時間稼ぎの思惑もあり、私が目の前に立つ男に問い掛ける。

「コトノハの力を欲する者」

 日本語が通じるらしい。これは好都合だ。

 日本語を解さない相手にも日本語のコトノハは効くが、解する相手のほうが効力は強いのだ。

「何の為にコトノハを欲する?」

「正義の為」

「その正義とは他の流血をも厭わぬものか」

「絶対正義の前にあれば止む無し」

「そう――――。よく解りました」

「では」

「うたかたはかつ消えかつ結びて久しく留まりたる(ためし)なし」


 一息にコトノハを処方したあと、私たちを取り囲んでいた男たちは消えた。

 今のコトノハを処方する際、私は出来る限り彼らを遠くに追い遣るよう、調合した。

 私たちは飲み会の名残りも吹き飛んだ思いで急ぎ、帰宅した。


 怯えている楓を寝かせつけ、私は聖と二人分のお茶を淹れた。

 気持ちを平静に保ち、落ち着ける必要がある。

「彼らはキャロラインの同僚でしょうか」

 聖の自問とも思える問いに、私は答える。

「いえ、違うでしょう。キャロラインたちはあれ程、見境ない信念は持ちません。考えられるとすれば、花屋敷に忍び込み、大海さんに眠らされた男たちの一味かと。私たちとは無縁であるべき火の粉が、こちらに掛かってきているようですね――――――――至急、キャロラインと連絡を取る手段を講じなければなりません」


 手段を講じるまでもなかった。

 翌日、キャロラインのほうからうちにやって来たのだ。

 私は楓に学校を休ませるべきかどうか迷い、結局、迎えに来た恭司に昨夜の出来事を話した上で、くれぐれもと頼んでから送り出した。楓が高いコトノハの才能を発揮したとしても、戦闘にはまだ不慣れだ。

 そのあと、キャロラインが来たのだ。今日もビクターを伴っている。


「だから言ったでしょう。逃げ込んできたからと言って、罪を許す理由にはならないと」

 昨夜の出来事はとうに耳にしている様子で、今日は最初から流暢な日本語で、キャロラインが諭すように私に言った。まるで教師が教え子を叱るようだ。だが彼女は教師ではなく、私も彼女に教えを乞う生徒ではない。

「匿えば貴方にも、貴方の周囲にも累は及ぶわ。それを避けたいなら、逃げ込んだ窮鳥とやらを私たちに渡しなさい」

「一度引き受けたからには、私には彼らを守る責任があります。今、私たちに累が及ぶとすれば、それは、貴方がたの抗争に巻き込まれたからだという側面が大きいでしょう。私や彼らにばかり非があるように論点をすり替えないでください。昨夜の男たちの相手は、貴方たちの相手でもある筈です」

 キャロラインはそこで黙り、湯呑みの中の翡翠色のお茶の水面に目線を落とした。

「…………時に人の思惑は不条理で非合理よ。コトさん。貴方の言い分を認めて私たちが全面的に奴らを相手取るとしても、どうしてもその余波はそちらに及ぶわ。その覚悟が、貴方には出来ているの?」


 今、この局面が、音ノ瀬一族の運命の岐路であるのだ、と私は感じた。

 双肩に掛かる一族の命運が重い。

 キャロラインは、今回は連絡先を知らせてからうちを退去した。


 その夜、連絡先が書かれた紙を見ながら、私は縁側で日本酒を飲んでいた。

 月桃香の匂いと、どこからか香る金木犀の匂いと、酒の匂いが入り混じっている。

 今日は蒼みを帯びた十六夜の月。

 そして横には聖がいる。

 月と兎だなと思い、私はくすりと笑いをこぼす。こんな状況でもなければ風流に酔える晩だ。

「聖さん」

「はい」

「――――自らあえて困難な道を選ぶ。私を愚かと思いますか」

「いいえ。尊敬しています。心から。お慕いしています。心から」

 私は微笑んだ。

 パート・ド・ヴェールの盃で彼と酌み交せる日はいつだろうか。



挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 花屋敷編以上に入り組み国際色豊かにきな臭くなってきましたね。 正義のためにコトノハを利用する。これは音ノ瀬の異端児・隼人の悲願の野望でもあったわけですが、とうとうその岐路に図らずも否定し…
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