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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第二章
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花の宴

 私は久し振りに花野重音嬢の自宅を訪ねていた。

 重音嬢は、隼太が起こした竜巻に煽られて倒れた自転車に巻き込まれ、額に傷を負った。

 残るかもしれないと言われていたその傷痕を、私は彼女に知られぬようコトノハを処方して消した。しかし重音嬢に不要な負傷をさせてしまったのは事実だ。隼太が起こした竜巻とは言え、これは私の責任の範疇なのだ。

「ことさん。また、難しい考え事をしてらっしゃるの?」

 ティーカップを私に出しながら、重音嬢が問う。

 エミール・ガレの模倣と見られる葉模様の花瓶に、今日は黄色い薔薇の花が活けてある。

「いいえ。今日は、重音さんをお誘いに参りました」

「まあ、何にかしら」

「飲み会です」

 私が言うと、重音嬢は初めての単語を聴いたように、澄んだ目をしばたたかせた。



「大将、とりあえず豚バラ、ゲソ、白みそ、牛さがり、ベーコンのチーズ巻きを九本ずつお願いします」

「はいよ!」

 恐らく生まれて初めて来たのであろう居酒屋を、重音嬢は珍しいものを見るようにきょろきょろと眺めている。

 大切なお嬢様を野蛮な店になど行かせられない、と言う執事の柴本を説得するのには苦労した。

 最近は足が遠のいていたが、ここは私の気に入りの居酒屋なのだ。

 食べ物も飲み物も美味い。

 人数が人数なので、私たちはカウンター席ではなく座敷のほうに上がらせてもらった。

 顔触れは私、重音嬢、楓、聖、秀一郎、俊介、千秋、大海、恭司、の九名である。

 座敷の中でも、最も大きなテーブルに各々着席した。

 私は大海の表情をさりげなく窺う。

 

 一度、死に損ねた者はそうそう二度目を望まない。

 それは聖が言ったことだが、私はまだ大海が心配だった。

 二度目を望む人間もいると思ったし、共に飲んで食べ、その不安を払拭したかったのだ。

 また、この飲み会には別の意図もあった。


「大学で飲み会には誘われないんですか?」

 楓を除く初対面の全員が重音嬢に自己紹介したあと(正確には重音嬢と聖、俊介はうちですれ違ったことはある)、秀一郎が重音嬢に訊く。

「お嬢様だから、と敬遠されているようで……。それと、たまにお誘いを受けても柴本が反対するんです」

 さもありなん、と思いながら私はカルピスチューハイを飲む。

 恭司も飲みたそうな顔をしているが、何せ見掛けは未成年なので飲酒させる訳にも行かない。

 まず運ばれてきた豚バラとゲソ、牛さがりを食べる千秋と俊介は隣り合って座っている。

 これは私の差配だ。

 秀一郎が重音嬢と隣り合って座っているのも同様。

 つまり今回の飲み会は、密かに合コンでもあるのだ。

 聖や秀一郎は私の意図に気づいているようだが、それを言い指すことはしない。

 よしよし。

 好い歳をした独身男性と独身女性が一つテーブルを囲んでいるのだから、何がしか芽生えるものがないかと私は期待している。

 もちろん、美食美酒を楽しむことも忘れない。

 遅い暑気払いとしても良いだろう。

 この豚バラの、噛むとじゅわ、と出てくる脂の味わいが堪らない。

「ぷっはー」

「こと様」

 おっと、いかんいかん。聖にひっそり名を呼ばれて我に帰る。

 楓もいるのだ。余り弾け過ぎても良くない。

 楓は大人しくウーロン茶を飲みながら牛さがりをもぐもぐと食べている。頬が緩んでいるところを見ると美味しいようだ。

 大海は、と見ると、こちらも大人しくビールが入ったジョッキを傾けている。

 その表情はぼんやりしているようで、何等かの感情を見て取ることは難しい。

 少しは生の喜びを見出してくれていると良いのだが。

 ――――――――例え胸の奥深く、絶望を抱えていたとしても。いや、いればこそ。

「俺、つくね食べたい。あとレバーと砂ずり!」

「恭司、あんたちょっとは遠慮しなさいよね」

「良いんですよ、千秋さん。私も砂ずりは食べたいと思っていましたし」

「僕は自分の分は自分で支払いますから」

「あ、俺も」

「いえ、秀一郎さん、俊介さんも。ここは私持ちで。私の顔を立ててください」

 私は美味しい物を食べ美味しい酒を飲むと常より寛大になる。

 それ以前に、この(密かに)合コンを企画した時点で、全ての支払いを自分ですることを決めていたのだ。

「そうですか、ルネ・ラリックがお好きなんですね」

「ええ。エミール・ガレやラリックの品はうちに数点、ありますの」

「ラリックと言えば先日、白い小鳥のペーパーウェイトを見ましたよ。一点で驚く程の高値でしたが、さすがに精巧な作りの美品でした」

 重音嬢と秀一郎は話が弾んでいるようで実に結構である。

「肉ばっか食べてないで付け合せのキャベツも食べなさいよ。胃に良いんだから」

 これは千秋から恭司と俊介に向けての言葉。

「千秋さんは甲斐甲斐しいですね」

「本当ですね。お袋を思い出すなあ」

 俊介、この莫迦。

 ここで母親と千秋を重ねる奴があるか。案の定、千秋の眉間に皺が出来ている。

「甲斐甲斐しいのはある男限定じゃないのー?」

 ここで恭司がにやにやと茶々を入れる。

 滑らかな秀一郎と重音嬢の会話に比べて、どうもこのあたりの面子は凸凹している。


 注文した品を食べ、それも尽きてまた注文して、を繰り返したあと、締めにはお握りと焼きお握りを注文した。

 お握りもさることながらここの焼きお握りは、程良くついた焦げも香ばしく、その上には溶けつつあるバターが乗せられた逸品だ。

 私たちはその味に舌鼓を打ち、店をあとにした。


 重音嬢は柴本の車で送られ、秀一郎と俊介、大海と恭司、千秋とも途中で別れた私たちは、ゆっくりした足取りで家路を辿っていた。

 今回の企画が成功したかどうかは解らないが、それぞれの親密さは増したと私は思っている。

 空には満月が昇っていて足元は明るい。

 坂道を上ると家が迫り、鍵をポケットから取り出そうとした私は、ようやく周囲に満ちる殺気に気付いた。少し飲み過ぎたかもしれない。


 私と楓と聖を取り囲むように、男たちが立っていた。

 



挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに和やかな宴。ことさん、したり顔で合コンを組んだと自負してますが、ご自分が飲みたいだけでしょうに……。 しかしこの作品では切子硝子をはじめ多くのガラス工芸が話題に上りますが、九藤…
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