変容受容
「だからね、この玉をこうやって、こう動かすの」
土曜日、うちに来た悟に楓が客間でソリティアを教えている。
「難しいな」
「ばっか、お前、こんなんも出来ないのか」
そこになぜか恭司が混じり、大人げなく真剣に考え込む悟を莫迦にしている。
恭司は三、四回程やっただけで最適解に辿り着けたのだ。
こうした遊戯に関して、呑み込みが早いらしい。
莫迦にされた悟は悔しそうにもう一回挑んでいる。
「恭司君。そういう言い方、良くないよ」
「恭司さんと呼べ、ガキ。俺はこう見えて大人だ」
そういうところが子供だなあ、と見ている私には思えるのだが。
聖が散策に出て、好事家の物書きが住む家の、椿の生垣に差し掛かった時。
風が吹き、待ち構えたように立つ隼太に出会った。
「僕に用かい?」
「ああ」
「何だろう」
戦闘態勢は取らない。今は必要ないとお互い感じている。
薄曇りの空の下、二人は緩やかに対峙した。
「音ノ瀬ことはこのまま、受け容れを続ける気か?」
「僕はそうだと思っている」
「……思ったより度量の広い女だな」
「あの方は、そういう方だ」
「――――ここで、音ノ瀬秀一郎と一戦交えた」
そう言って隼太は椿の葉の一枚に触れる。
生垣はまだ無残に散らされた跡を留めて、見る者の目に痛々しく映る。
「その時はこういう事態に発展するなどとは思わなかったが」
「……それは僕もそうだ。こと様とてそうだろう。未来の予測など、誰にもつかない。恭司君は今日、うちに遊びに来ているよ。楓さんと悟君を冷やかし半分だけどね」
隼太は無表情に相槌を打つ。
「そうか。あいつもまだガキだな。――――――――音ノ瀬ことはなぜキャロラインからの要請を断った?」
「君が彼らを匿うことを頼んだのだろうに」
「そうだが遵守の義務は無いだろう」
「窮鳥懐に入れば猟師も撃たず、とこと様は言っていらした」
「……あの女らしいな」
「花屋敷が新築されたら戻らないのか」
「それはない。あの場所は知られ過ぎた。俺が戻ればまた面倒事が起きるぞ」
あっさり言い放つ。
フォーゲルフライ、という言葉が聖の脳裏に浮かんだ。それは元々の意味ではなく、ただ鷹が蒼穹を舞う映像と共に浮かんだものだった。
流浪ではあっても、この男は何にも縛られない――――――――。
「〝ほとぼりが冷めたらいつでも花屋敷に戻ってきてください。門戸は開けておきます〟」
「何だそれは」
「こと様からの伝言だ」
「相変わらず呑気な女だ」
隼太と今日、会ってからの違和感に聖は触れた。
「今日はいつものコートを着ないのかい?」
黒いVネックのTシャツの上に、隼太は何も羽織っていない。
「たまには良いだろう」
紫陽花色のコートは父である大海よりの守護の象徴だった筈だ。
あの花屋敷炎上から、何か隼太の中で区切りとなるものが生じたのだ、と聖は思った。
散らされた椿の生垣から遠ざかる、紫陽花色ではない隼太の背中を見ながら、時の流れを感じた。
「出来た!」
やっと最適解を出せた悟が歓声を上げた。
「え、凄いね、悟君。私はもっとずっと何回も掛かったよ」
「それぐらい出来て当然だろ」
恭司が水を差すように言う。
「恭司君も凄いんだね」
「おう、褒め称えて良いぞ、ガキ」
楓が顔をしかめている。
「ガキじゃなくて楓。ちゃんと名前で呼んでよ。名前で呼ぶって大切なんだよ」
悟がちらりとそんな楓を見る。
恭司は一顧だにしない。
「はいはい。ガキ」
「もう!」
傍から見ているぶんには十分、仲睦まじく見える三人だ。
この三人のこれからもどうなるか。
未来は解らない。
とりあえず私は三人と自分のおやつに、ドーナツと牛乳を用意した。
柱時計がもうすぐ午後三時を告げる。




