好日
幸いにも大海が眠らせた者に死者は出なかったが、火傷による負傷者は出た。
この騒動をどうやって知ったものか、ヘリコプターで駆けつけたキャロラインたちが彼らの身柄を拘束して連行した。
全焼は免れたものの花屋敷は見るも無残な姿になってしまった。
その場にいた私たちはともかく皆、疲弊していたので、事後処理は差し置いて帰宅した。帰りは私と楓が聖と隼太、そして大海を運んだ。
些か定員オーバーだったが、私と楓のコトノハの効果を聖が増幅させたので夜間飛行も無事に済んだ。
煤だらけの大海に驚かれながらも彼を千秋の家に送り届けたが、隼太は千秋の家に着いた時点で姿を消した。
一人、蚊帳の外だった恭司は、酷いしかめっ面をしていた。
隼太は大海を死なせてやろうとしていた。
父親の本意をもう随分前から察していたのだろう。
だから止めようとしなかった。
けれど、あの大雨が降り注いだ時、確かに隼太は安堵したのではないかと、そう私は思うのだ――――――――。
結局、花屋敷は一旦取り壊し、新しく建て直すことになった。
キャロラインたちはあれ以来姿を見せないが、本国(と言っても、正式にはどこなのか知らない)に帰っているのかもしれない。
花屋敷の火事から一週間程経て、朝、起きた私は朝食を作り、楓を小学校に送り出した。
それから他の雑事を終え、何とは無しに聖と並んで縁側に座っていた。
今日も太陽の威勢が強い。
蝉も控えめにだが鳴いている。
しかし、朝晩には石の欠片程の涼しさが早くも紛れ込んでいる。
暑い暑いと言っている内に季節は進んでいるのだ。
桜の緑の葉が陽に当たり、葉脈が透けて見える。
「そろそろ柴漬けを漬ける季節ですね」
「そう仰ると思って」
聖が梅酢の入った硝子瓶を、いつかのように揺らして見せた。
「用意が良いですね。……梅酒も飲みたいですねえ」
「そこまでは用意がありません」
「解ってます、言ってみただけです」
私がおどけた笑顔を見せると、聖も破顔した。
「からかわれたのですか」
「はい」
ここでふ、と聖の表情が切り替わった。
「大海さんが生きていて良かったですね」
「はい……。まさかあそこで、楓さんに助けられるとは」
「子は成長します。大人の認識を置き去りにして」
「痛感しましたよ」
もしあの時、楓が来てくれなかったら――――私は生涯、後悔することになっただろう。
「近頃、楓さんは悟君と仲が良いようです」
私は自らの手を陽にかざしてから言う。
「そうですか。良い傾向ですね」
「はい」
「それと恭司さんとも」
「へえ?」
最近ではめっきり会話の内容が人の親めいてきた。
これもまた、良い傾向なのだろうか。
少なくとも心に灯る温かなものはある。
「こと様」
「はい」
呼ばれ、振り向いたら聖に掠めるように口づけされた。
「――――このタイミングなのはなぜですか」
「ここのところ、僕の存在をお忘れではないかと思いまして」
「……ひょっとして拗ねていましたか?」
「少々」
唇のほんの端にだけ笑みを乗せて答える。
秀一郎の「にっこり」も曲者だが、聖のこの微笑は微笑で構えるものがある。
私は聖の右頬に口づけを返した。
「これでどうですか?」
「有り難き幸せ――――と、申しておきます」
「聖さん、欲張りですね」
「欲張りですよ。僕は、昔から」




