止まっていた針
お盆の恒例行事を終え、花屋敷の改修工事を行うことになった。
ついては今、花屋敷に滞在している人間は音ノ瀬の者も含めて皆、一旦は退去しなければならない。私たちは数日をかけて、それまで花屋敷に起居していた人数を、ロッジと他所で比較的近い隠れ山の中の建物に割り振った。
新たな隠れ山の中にも山荘のような建物があり(音ノ瀬本家が使っていたのかもしれない)、そこを整えれば生活出来る体制になった。
けれど私たちは忘れていた。
無人の花屋敷程、調べたがる人間たちのいることを。
それに気付いていたのは大海だった。
それから隼太―――――。
ともかくも、私が出遅れてしまったのは事実だ。
千秋から大海が夕食になっても姿を見せない、家のどこにもいない、と電話を受けて初めてその可能性に気づいた。
私は聖に楓を任せ、花屋敷まで飛んだ。
花屋敷は燃えていた。
豪勢に。壮麗に。
それを花園から眺める大海と無表情な隼太。
「貴方が火をつけたんですか!」
隼太に問うと、隼太は無言で右手親指を大海に向けた。
「大海さん。なぜ……」
「なぜ? 決まっているだろう。僕らを敵視する組織は燃えてしまえば良い。キャロラインたちは僕らと併存出来るかもしれないが、今晩、花屋敷に忍び込んだ連中は違う。徹底的に敵対する他ない連中だよ。紛れもない犯罪組織で、音ノ瀬の情報を欲しがっている。彼らにはコトノハで眠ってもらった。今頃、炎の中で夢も見ない眠りに就いているだろう」
大海は論理的で饒舌だった。
何かが彼を浮かせるように喋らせていた。
「そんな、」
「そして、僕も今から花屋敷と共に生を終える」
「――――何を言ってるんですか、大海さん」
「磨理がいなくなってから、僕は長く生き過ぎた。もうあっちに行きたいんだ」
私はここでようやく悟った。
犯罪組織云々は口実だ。大海はずっと、死に憧れていたのだ。
大海の時計の針は動いていなかった。身体同様、磨理が死んだ時から止まったままなのだ。
彼の心にこそ私は気づくべきだった。
ざ、と踏み出す大海を私は止めようとした。
「黙」
咄嗟にコトノハを処方され、防げない。
それは短時間にしろ、私から声を奪うコトノハだった。
隼太はそれで良いのか、と私の腕を掴み後ろに立つ彼を振り返る。
彼は火明かりに照らされて、形容し難い表情の陰影を濃くしている。
父親の望みを叶えさせてやる積りなのか。
炎が爆ぜるパチパチという音。
折悪しく、今夜は空気が乾いて火がよく燃える。風はそれ程吹いていないが、山火事になる可能性もある。
「大海!!」
ただそれだけ叫んだ隼太に、開け放たれた硝子戸から今まさに火中に入ろうとする大海が振り返り、ふわり、と笑いかけた。
花が咲くように。
「隼太。不甲斐無い父親でごめんな」




