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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第一章
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ことはりや

 手土産のシュークリームを持って、秀一郎は音ノ瀬千秋の家を訪ねた。

 音ノ瀬大海、佐々木恭司を預かってくれている細やかな礼である。

 実際のところ、祖父母と三人暮らしだったところに男が二人も転がり込めば、食事の支度を初め、何かと大変な筈なのだ。最初は隼太を含め三人だった。さぞかし手間だっただろう。

 それを快く引き受けてくれた千秋とその祖父母らには、ことも秀一郎らも感謝していた。


「やー。ありがとう、(しゅう)一郎(いちろう)(にい)!早速、紅茶淹れるね。あ、コーヒーのが良い?」

 オレンジの髪と同じくらい明るい喜色満面で、シュークリームの箱を受け取った千秋が訊いてくる。

「紅茶で。最近、コーヒーはある喫茶店のものとどうしても比べてしまってね」

「へえ、そんなに美味しいんだ」

「うん。ことさん御用達の店だよ」


 秀一郎は居間に胡坐を掻いて座った。

 千秋は台所でぱたぱたと動き回っている。

 闊達な性格が所作や音に出る娘なのだ。


「先日逢ったけどね。俊介君も元気そうにしていたよ」


「……別に興味無いけど?」


「そうか。彼も出逢った頃に比べると随分、男振りが上がったよ。花屋敷の一件が、そうさせたのかもしれないな」


 千秋が俊介に想いを寄せているらしいことは、ことたちの間で周知の事実となっている。

 作ったような無表情で、千秋がティーセットをトレイに載せて運んでくる。


「そ。さあ、どうぞ」

「大海さんたちは?」


 そう秀一郎が訊いたのと同じタイミングで、大海が二階から降りてきた。

 紅茶の匂いに釣られたと言う。

「恭司君は外だよ」

「外? 楓さんのボディーガード?」

「さあ」

 どこを見ているかいまいちよく解らない瞳で答え、大海はシュークリームにかぶりついた。


「どうせだ。大海さんにも手伝ってもらおうかな」

「何をだい?」

 口の端にクリームをつけてきょとんとした大海に、秀一郎はにっこり笑った。



 車で秀一郎が大海を連れて行ったのは、もうここ何十日も雨が降っていない町だった。


「このままだと渇水対策が必至なんだ。近くのダムも残り僅かで、今から貯水用のポリバケツを購入している家も多い」

 町を一望出来る小高い丘で車を降りて、日光を手で遮りながら秀一郎は語る。

 田んぼは無残に干上がり、白茶けた大地を晒している。

 幾つかの建物に貯水タンクが見えるが、それもこの状況では焼け石に水だろう。

 道を行く人たちも、暑さと渇きに打ちひしがれているように力無い歩みに見える。

「それで、どうするんだい?雨乞いでもする積りかい?」

「そうだよ」

「〝ことはりや〟か……」

 秀一郎が微笑する。

「やはり知っていたね。そうだよ。その昔、彼の小野小町が京都の神泉苑で雨乞いに歌った和歌だ。和歌の徳が請雨に期待された訳だね。彼女が音ノ瀬ならば雨が降る確率は高かっただろう」

「実際に降った、という話は聞かない」

「そうだね。だから僕らが今から、実際に降らせてみせるのさ。ここの役場を通して僕のところに依頼があったんだ。手伝ってくれないか?」

「良いよ。確かにこのままじゃ気の毒だ」

「僕と重なるように詠んでくれ」

「うん」


 合図は目線で行われた。


「ことはりや 日の本ならば 照りもせめ さりとてはまた (あま)(した)とは」


 二人の音ノ瀬の男の声が、朗々と響き渡った。


 ことはりとは(ことわり)

 理屈から言っても国が『日の本』だから日照りになっても仕方ない。しかし、世界を『天が下』とも言うのだから、雨を降らせてくれないだろうか。

 そういう解釈の和歌である。

 二人は二度、三度、とそれを唱えた。

 行き交う人から奇異の視線で見られても仕方ない。

 しかし、やがて白茶けた大地に一滴の水が沁みた。

 一滴はやがて二滴となり三滴となり、数え切れない数の雨になった。

 秀一郎が予め持ってきていた傘を差し、二人はみるみる潤っていく大地を見る。

 ここに来るまでは怪訝な目で見られた傘だが、きちんと用を成してくれた。

「……程々に潤してくれよ」

 秀一郎が天に向けて言う。

 コトノハが効き過ぎて洪水にでもなったら困る。今度は雨を収めるコトノハを使うことになる。調節は難しいのだ。

「成功したなあ」

 大海がはしゃぐでもなくぽつりと呟く。

「ああ。貴方が来てくれて助かったよ。僕一人では自信が無かった」

「そうかい? 本当かな」

 いつの間にか肩に烏を留まらせて、大海は微笑んだ。

 雨が降る。

 草木を潤す。

 やがて再び雨乞いの和歌が詠まれる時が来ることを、二人はまだ知らない。



挿絵(By みてみん)




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