限らない声
私は乾かした髪をきっちり結び直して衣服も改め客間に戻った。
耳に飛び込んで来た秀一郎の、婿養子云々のコトノハは、私を辟易させるに十分な作用があった。
俊介の身体が固まっている。
今、金槌で頭をこつんとすればガラガラと崩れそうだ。
「私の、領分内で」
俊介がハッとして私を見た。
「徒な放言を撒かないでいただきたい」
双眸を細めて秀一郎を見据えるが、鼈甲ぶちの奥に厳然とした決意の色は、容易に私のコトノハに染まりそうにない。
頑固な奴……。
子供の頃から、弱虫の癖に妙なところで頑固だった。
私が気紛れに与えたクレヨンを、他のどんな子にねだられても強請られても頑として手放さなかった。挙句、たんこぶを作ったりして。
頑固な莫迦。
一見は器用に生きてそうな頑固莫迦は少しも怯まない。
「いつまでお独りでいるおつもりですか」
「いつまででも独りで」
歌うように私は答える。
「御当主がそのような悲しきコトノハを仰せではいけない」
「当主自らが納得ずくの道筋に口出しは無用」
「跡目の儀は」
「いずれ縁戚から然るべき養子を迎える。何度も申した筈」
鶯が、まだ鳴いている。夏も本番になって来たのに。
いつまで鳴くつもりだろう。あれは春に限った鳥ではないのだ。
「承服致しかねる。その双肩に、いかばかりの重荷を負うて行かれるのか」
「貴方の承服など不要。荷も責も、音ノ瀬家当主であれば担って何の不思議があろう?」
「ことさんは女性です」
「男女差別ですか」
私はちょっと笑った。
「私にとって女性としてしか見えないという意味だ、当主であるより以前に……、子供の、時から」
この男もいつまで鳴くつもりだろう。時を限るつもりがないのか。
ホーケキョ、と場違いに長閑な声が響いても、顔を綻ばせる人間は一人もなかった。
俊介は強張った表情で私と秀一郎の遣り取りを見守っていたし、秀一郎と私は互いのコトノハの作用に引き摺られまいと気を張っていた。
秀一郎の気持ちも解るし有り難いと思わないでもないが、私にも面目がある。
譲れぬ矜持があるのだ。
私を見つめる俊介の視線を片頬に感じる。
大の男が縋るような目をするんじゃない。
けれどその、犬の黒く潤んだまなこにも似た気配に、私の心は優しく凪いだ。
緩和剤だな。
立ったままで秀一郎に命じるように尋ねる。私なりの妥協だ。
「お茶のお代わりはいかがですか、秀一郎さん。良い上生菓子があるんです」
秀一郎は私を見上げていた目を一度、瞬かせてから伏せた。
「……いただきます」
俊介が吐息を洩らしている。
紫陽花と題された和菓子は見た目も美しかった。
白餡で包まれた粒餡に、暗紫色の錦玉を散らしたそれは、まさに雨に打たれた庭先の紫陽花を思わせる透明感だ。
床の間に座る私と俊介と秀一郎は、まずその美しさを黙って愛でた。
コトノハのないその時間が、不思議と私たちに一体感を感じさせたのだった。




