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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される

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キュロス様のお買い物

 ドネルサンドとドンドゥルマを食べ終えても、まだ満腹ではない。わたしたちは色んな物を食べ歩きしながら、市場を見て回っていた。ふと気がつくとすっかりお腹いっぱいに。キュロス様はきっとまだ満腹ではないだろうけど、わたしを気遣ってくれる。


「疲れてきたか? どこか、座れるところへ行くか」

「大丈夫。ただお腹がいっぱいなだけ……」

「今のうち休憩はしておいた方がいい。ここから先は男性向けの店ばかりで、小洒落たカフェなど無いしな」


 言われて見回すと、確かに飲食の屋台はまばらになり、代わりに工具や模型、男性用の服を売る店が目立っていた。なるほど、縦長の市場はまず手前から女性向け、両性に向けた飲食、男性向けと売り場が分かれていたのね。


「規制で決まっているわけじゃないけどな。ただ手前のほうが住宅地に近く、奥の方が職人街になっているから、自然と客層が近い方に偏ったんだ」

「お友達との待ち合わせは、まだ先なの?」


 わたしの問いに、キュロス様は一瞬、きょとんとした。それからアアそうかと手を打つ。


「そうだ、ルイフォンに呼び出されて出かけたんだった。すっかり忘れていた」

「えっ、お待たせして大丈夫なのですか?」

「それは平気、特に時間を決めて待ち合わせているわけじゃない。たぶん物だけ店に預けて、あいつ自身は来てないだろうし……それよりマリー、また敬語」


 あっ、いけない。慌てて口をつぐむ。うー、だいぶ慣れたと思ったんだけどなあ。もしかして本当に、疲れているのかしら。たくさん歩いたしたくさん食べたし。ククッとキュロス様が笑う。


「少し、眠たそうな顔になっている。どこかで休もう」


 彼はちょっと強引にわたしの手を引いた。ややあって、大きなお店の前で足を止め、店先の中年女性に声をかけた。


「やあ、ナージ・ルー。邪魔するよ」


 イプス語だった。女性はキュロス様の顔を見て、オオッと明るい声を出す。黒髪に褐色肌、緑の瞳だ。そしてやはりイプス語でまくし立てた。


「あれぇまあまあ、グラナド商会の旦那やないですか。なんですの今日は、まだ仕入れは要りまへんで」


 おおっ……なんとコテコテの商人言葉! 同じイプサンドロスの公用語でも、独特の強い訛りがある。わたしは聞き取ることは出来るけど、真似をすることはできない。

 キュロス様もそうなのか、一般的なイプス語で、女商人……ナージ・ルーと会話していた。


「私用だ。連れが歩き疲れたらしい、しばらく椅子を貸してくれないか」

「連れ? あら別嬪さん、ほんまやお疲れの顔してはる。お茶でもお出ししましょ、中へどうぞぉ」


 ナージ・ルーに手招きされて、二人で一緒にお店に入った。入り口の程近くに、なぜか小さなティーテーブルがある。椅子を借りて、わたしは店内をキョロキョロ見回した。

 ナージ・ルーのお店は、男性専門の服飾雑貨店らしい。まず目に付いたのはイプサンドロスの民族衣装。特徴的な刺繍の貫頭衣に、サンダルやアクセサリーまでが揃っている。

 ところがその横には王国の平服。さらにその横は見たことも無い特徴の民族衣装で、着方が見当も付かないツナギ、服なのかどうかもわからない布の塊も並んでいた。


「うちはアチコチの国から仕入れてるんよ。セレクトショップってやつやね」


 ナージ・ルーが説明しながら、お茶を持ってきてくれる。東部流のスパイスティーだ。ありがたく頂く。わたしは彼女にイプス語で話しかけた。


「すごい品揃えね。それぞれの国の出身者が買っていくの?」

「それもあるけど、大抵は王国のひとが買うてくれるね。なんか最近、こういう遊びが金持ちの間で流行ってるんやて」

「貴族はまだ、王国製にこだわっているけどな。商人は異国との交流を避けて通れないし、そのレベルの高さを知っている。イプスシルクの着心地を知れば、二度と麻の下着など穿けるものか」


 キュロス様がきっぱり言い切る。あはは、なんだかそれ、前にも聞いたことがあったような。

 そう、キュロス様って案外……というほど意外じゃないけども、オシャレなひとなのよね。会うたびに違う服を着ているし、華美ではない部屋着ですらも、身体に合わせて作らせた一点物だと見て分かる。職業柄というよりは、もともとセンスが良いからこそ商売で成功したのだろう。

 わたしがお茶を啜っている間、あちこちに視線をやっているキュロス様。……そうだ!


「ねえキュロス、どれかひとつ好きな物を、わたしにプレゼントさせてもらえない?」


 ん? と振り向く彼。わたしは席を立ち、彼が見ていたローブを取った。


「今までずっと、わたしばかり頂きっぱなしだったもの。そんなに高価な物は無理だけど、このくらいなら――」


 と、ローブについた値札を見て言葉が止まる。こ、これは。待って、嘘でしょどうして? さっきまでわたしが見て回っていたものよりも何倍もするんだけど!

 黙り込んでしまったわたしに、状況を察したらしい、キュロス様が申し訳なさそうに呟いた。


「……輸入品だからな。量産し薄利多売できる女性向けと違い、一点ずつがそれなりに高くなるんだ。こんな店構えだが、品質は最高級だし」

「…………ごめんなさい……あの……今日はもう手持ちが……」


 そろそろと手を離すわたし。自分が赤くなってるのか青くなっているのかもわからない。

 しかし、その俯いた顎をキュロス様の手が掬った。指先で摘まむようにして、持ち上げる。

 先ほどのローブを肩に引っかけた格好で、微笑んでいた。


「どうだ?」

「え……?」

「俺に似合うか、と聞いている。マリーはこういうシンプルなデザインが好きなのか」

「……そう、ね。でも、どちらかといえば隣の……華やかなものがキュロスには似合っていると思うわ」

「そうか。わかった。ナージ・ルー、このローブをくれ」

「ええっ!? でもわたし、本当にお金がないわよっ?」


 抗議に開いた唇を、人差し指で塞がれた。自分で買うから大丈夫、ということなのだろう。……だったら、仕方ない。彼自身の買い物を止める権利などない。

 わたしはこっそり嘆息しながら、椅子へ戻った。まだお茶が残っているし。

 ナージ・ルーはキュロス様にその場で羽織らせ、サイズの確認をした。ゆったりとしたローブで、腰回りがダブついている。店内から適当に見繕い、飾り付きの帯を巻き付けるナージ・ルー。それを見て、わたしは思わず歓声を上げた。


「その帯の色、素敵。キュロス様、赤色もよくお似合いですね」


 すると彼は腰元を見下ろし、色を確認して、頷いた。


「そうか。ではナージ・ルー、赤色の服を持ってきてくれ。全部買う」

「ちょっと待ってなんで!?」

「旦那ぁ、いくらなんでもそりゃ乱暴な注文やで。何百着もあるわ」


 ナージ・ルーもさすがに笑う。キュロス様は素直に頷くと、またわたしの方へ向き直った。


「赤を差し色や刺繍に使うとしたら、生地は何色が良いと思う? マリー」

「えー、と、黒……?」

「そうか。ナージ・ルー、赤と組み合わせたら映えそうな黒で、俺にサイズが合いそうな物を持ってきてくれ。全部買う」

「で、でもそれはただわたしのイメージでっ、キュロスなら白でも緑でも似合うと思うのだけどっ」

「そうか。では白と緑の生地も持ってきてくれ」

「ええええっ!?」

「旦那、せやから多いっちゅうねん。二十着くらい持ってくるから、ちゃんと試着して選びや」

「わかった、ではそれで。ついでにそれぞれに合うズボンや小物も揃うか?」

「見繕っておくわ」


 言うが早いか、ナージ・ルーは店内を駆け回りあっという間に二十着、指定通りのものを出してきた。いくつかを受け取り、試着室へ向かうキュロス様。そのスピード感についていけないわたし。


「お連れさんはゆっくりしとったらええよ。そのためのお茶席やからね」


 そう言って、おかわりを淹れてくれるナージ・ルー。な、なるほど……。そうしている間に、キュロス様はサクッとお着替えを完了させて、わたしたちの前に現れた。

 イプサンドロス風の衣装だった。玉虫色というのかしら、複雑な光沢のある暗緑色に、蔓を模した紅の刺繍。膝下まであるローブを金色の帯で縛り、色味は派手だけども、スッキリとしたシルエットでとても凜々しい。

 うわぁ……! どうだ? と聞かれてコクコク頷く。


「すっごく素敵! 格好いい! 本当によく似合ってるわ!」 


 キュロス様は嬉しそうに目を細めると、また別の服を持って、試着室へ戻っていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 方言じゃなくて商人言葉なんですね!商業学校みたいなところで言語として学ぶんでしょうか?(笑)
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