まさかの遭遇者
そうやって次々に試着をし続けて、どれだけ経ったろう。さすがにこのへんにしとこう、となり、元の服に着替えた。
カウンターで金貨を数えながら、店主が呆れたように嘆息する。
「兄さん、彼女のためだからって豪気なことだな。しかしこんなにたくさん買って、どうやって持って帰るんだ。いや、家に置き場所があるのかい」
「そうだな、確かに持ち歩くのは大変だ。すまんが店主、商品はグラナド城に届けてくれ」
「……ぴいっ⁉」
店主の背筋がシャキッと伸びた。
服屋さんを出て、久しぶりに歩く王都の市場。
目的の買い物が終わってからも、わたしは何度も足を止め、あの店に入ってみたい、これは珍しくて面白いわと言っては、いちいちキュロス様の手を引いた。
ツェリと娘とにお揃いのシュシュも買って、さらに進む。
するとだんだん、フワリと香ばしい、食欲をそそる匂いがし始めた。市場の道を進むにつれ、食べ物を売っている店がチラホラ、さらに進むと飲食店ばかりになってきた。この商店街は、商品のジャンルで区画分けがされているのである。
わたしはキュロス様の指を小さく引いて、囁いた。
「アレ、あるかしら?」
「あるんじゃないかな。真夏日以外なら大抵は……」
そんな話をしていると、遠くからわあーっと歓声が聞こえた。きっとアレだわ。わたし達は手をつないだまま小走りに駆け寄った。
やっぱり、あった!
わたし達が目指したのは、ちょっと不思議な様子の露店だった。ごく小さな屋台で、テーブルの上にドンッと大きな肉塊、ドネルケバブと呼ばれる羊の肉が焼かれている。
わたしたちが近づくと、店主はすこぶる明るい笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃィ! 三国一の色男に絶世の美女! 二つだねオーケーまいど!」
早口で言って問答無用、肉をナイフで削ぎ切りしていく店主。
あはは、こういうところも以前と変わらない。まだ買うって言ってないのに、お構いなしなのがこの店のルールだ。わたし達はそれを止めることなく、追加を頼む。
「ああ、ドネルサンドを二つ。それから、ドンドゥルマもね!」
「はいよぉ!」
店主は嬉しそうに言って、寸胴鍋に鉄のヘラを刺しこんで……ぐにょぉーん。
覗き込んでいたわたしの前に、白い物体が細長く伸び、鍋とヘラとで糸を引いていた。
おおっ、何回見ても面白い、不思議だわー。
ドンドゥルマとは、イプスの言葉で『凍らせたお菓子』。主な原料は砂糖と羊乳で、いわゆるアイスクリームなんだけど、サーレップという植物のデンプンのおかげで常温でも溶けにくく、こんな風にぐにゃぐにゃ伸びる。味は普通に美味しいというのがなお不思議な体験だった。
「おまちどうさま、どうぞ召し上がれ」
「い、いただきます」
と、取ろうとしたところでヒョイッと真上に躱された。追いかけてまた取ろうとするも、今度は横にヒョイッ、手を伸ばすたびに前後上下左右、ヒョイヒョイヒョイと逃げるドンドゥルマ。わたしは手をバタバタさせて、跳んだり跳ねたり大忙し、とうとう汗まで浮かんでくる。
「もぉーっ、いい加減にしてっ!」
つい大きな声を出したところで、店主はコーンを取り、手渡ししてくれた。その表情は、満面の笑み。わたしはホッとして受け取……ろうとしたところでクルリッと逆さまにされて、空振りする。
もー! これ何回やられても楽しいけど、何度やっても腹が立つ―!
それでやっと、ほんとのほんとに手に入れた。もう奪られてたまるものかと、大急ぎで齧りつく。
「んっ……もちもち!」
「美味いな」
隣でキュロス様も同じものを食べている。……なぜキュロス様は、あのイタズラをされずすぐに食べさせてもらえるの⁉ ずるーい。
ドネルサンドとドンドゥルマで軽く腹ごしらえも済んだところで、また市場のショッピングコースへ戻る。
飲食店が並ぶエリアもそろそろおしまい、代わりに工具や模型、男性用の服を売る店が目立ってきた。
窓越しに、窓際の展示品を眺める。
店頭には美術工芸品の他に、手工芸品が並んでいた。
「あ。リサのオモチャに良さそう」
わたしが言うと、キュロス様もどれどれを店先まで出てきてくれる。わたしはキュロス様と目を合わせては、微笑んだり、小さな会話を交わしたりしていた。
「あの細工物、リサが好きそうだな」
キュロス様が指差した先には、可愛らしい木製のおもちゃがあった。
子供向けのおもちゃや小物を扱っている雑貨屋らしい。
リサはまだ小さいけれど、最近はいろんなものに興味を示しているから、こういったおもちゃも喜びそうだ。
「本当、可愛いですね。お土産にちょうど良さそうです」
「店の中も観てみよう」
そう言いながら、店に入っていくキュロス様。
わたしもすぐに追って、店内に入ったその直後――ふと視界の端に、鮮やかな赤色が映り込んだ。
それは、長く豊かにうねる人の髪だった。わたしと同じ、このディルツには珍しい赤い髪だ。
店の入り口、扉の前に立ったまま、思わず持ち主を凝視する。
その人は商品棚を前にして、特に何をするでもなくただ立っていた。
とても背の高い男性だった。男性の平均と同じくらいあるわたしより、頭一つ分大きな人。
見上げた首が痛いくらいの長身、羆のように逞しい背中に、獅子を思わせる蓬髪――えっ? まさかそんな……でもこの特徴は――。
「はっ……ハドウェル・デッケン……⁉」




