これはまごうことなきデートです……!
ジョバンニの店を出たあとも、わたし達はいくつかの店を訪ねて歩いた。
キュロス様にとって馴染みの店ばかりだから、概ねは好意的に、「仕方ないよ、うちもなんとかやっていくから頑張って」という反応だった。だけど時には、迷惑そうな顔で半ば追い払われるように扱われたり、「領主様のご判断に我ら民草は従うしかないですから」と皮肉を言われることもあった。
それでも、キュロス様は愚痴も零さず、一軒一軒、誠実に説明をして回っていた。
そうやって、日が暮れかけるまで商店を回って、すべての用事が終わった後、キュロス様はやっと一息つくことが出来た。商店街の憩いスポット、広場のベンチに腰掛け、ウーンと背を伸ばす。
わたしは露店で飲み物を買ってきて、彼に手渡した。
「お疲れさまでした、キュロス様」
「マリーも。よく付き合ってくれたな」
いいえ、と首を振る。わたしも関わっているお仕事の話だし、現場の話を聞かせてもらえたのは正直楽しかった。ちょっと不謹慎かもしれないけど。
「本当に、いい気分転換になりました。ありがとうございました」
「何を言う? ここまでが仕事、気分転換はこれからだろう」
キュロス様は立ち上がった。
「俺は君を、デートに誘ったんだから」
それから、わたし達は二人でゆっくりと市場を歩いた。
以前そうしたのと同じように、露店を覗き、ちょっとした値段交渉を楽しみ、購入しながら進んでいく。前回はアクセサリーや雑貨を中心に買ったけど、今回は衣服をたくさん購入するつもり。
主には、羊毛製の服。自分達が着用するためと、アナスタジアに渡しデザインの参考にしてもらうためだった。
大きなお店の前で足を止め、店先の中年男性に声をかけた。
「邪魔するよ。毛織物の婦人服の取り扱いはあるかい?」
この店主はキュロス様の顔を知らなかったらしい、胡乱げな視線でキュロス様とわたしの衣装を上から下までじろじろ見ると、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「あるけど、うちは結構値が張るよ。兄さんイイ男なんだから、彼女の前でそんなに格好つけなくてもいいんじゃないの、ありのままでさ」
言外に、「金はあるのか? ひやかしはお断りだぜ」と言っている。まあ、失礼な人。わたしはそう思ったけど、キュロス様はニッコリ笑った。
「とんでもない。彼女の心を繋ぎとめるため必死なんだ。家財を売ってきたから、これで彼女の服を見繕ってくれ」
そう言って、金貨の入った袋をドサリと置く。店主は飛び上がって、奥の商品倉庫に駆け込んでいった。これもまたある種の商人魂、わたし達は顔を見合わせクスクス笑った。
キュロス様は仕事の関係だけでなく、元来とてもオシャレなひとだ。わたしへの贈り物を選ぶ時、彼はとても楽しそうにしている。自分が着る用だけでなく、ひとに見立てるのも好きみたい。さっそく自ら数着手に持って、わたしの前に持ってやってきた。
わたしの体に服を掲げて、うんうんと頷いていた。
「いいな、似合う。これも似合う。あっちも良さそうだ」
「えっと……では、試着もしてみましょうか?」
「ああそうしよう。店主、更衣室はあるか? これの色違いや型違いがあればそれも。着心地さえよければすべて購入したいのだが」
「はぁーいっただいまぁ!」
言うが早いか、店主は店内を駆け回りあっという間に二十着、指定通りのものを出してきた。いくつかを受け取り、試着室へ向かう。
実は、着替えるのがとても早いことに定評のあるわたし。素早く着替えをし、そのたびに彼の前に出た。
最初に着てみたのは、オフホワイトのチュニックだった。編み方に工夫があるのか、裾が丸くなっていてすごく可愛い。毛織物特有の柔らかな肌触りで、軽いし伸びるし、とても着心地が良かった。
「うん、すごく似合っている。それは絶対に買いだな」
キュロス様も真剣な顔でそう言った。妙にシリアスな口調でいうものだから、わたしは照れて、すぐに試着室へと引っ込んだ。
次はワインレッドのニットドレス。ウエストに細いリブ編みがあって、裾が広がるデザインがとても優雅。ボディラインに沿って伸縮し、シルエットが美しいのにとても軽くて柔らかな着心地。キュロス様は「ほおー」と感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい、こんなに綺麗なドレスも作れるのか。これ、普通に流行るぞ。羊毛製のドレスは盲点だった」
「そうですね。本当に着心地がいいです。髪やアクセサリーをきちんとすれば、社交界にも行けそうですね」
わたしが試しに髪をまとめて持ち上げると、キュロス様はウンウンウンウンと、目が回りそうなほど素早く頷いていた。
続けて選んだのは、ミントグリーンのカーディガン。大きめのボタンがポイントで、前を開けても閉めてもオシャレに見えるやつ。これも軽くて暖かい。とても可愛いけど、動きやすいのだ。これ、働く女性の味方って感じがすごくする。
キュロス様も同じことを思ったのか、顎に手を当て、やはり真剣な顔で唸っていた。
「……メイド達全員、冬の制服に配ってもいいかもしれないな……」
「はい、わたしもずたぼろで働いていた頃、こんな服が欲しかったです」
「どの服も、意外と発色が良いな。毛織物は絹よりも染めやすいのだろうか?」
どうだろう? わたしは聞いたことが無かったし、キュロス様も染物にはあまり知識が無いらしく、二人で首を傾げるばかり。あとでちゃんと調べなくちゃ……。
毛織物の衣服は全体的に、実用性が高いのがよくわかった。それでいて意外と可愛い……なんなら絹や木綿では出せない魅力がある。キュロス様も、お仕事の視点抜きで衣装を見て、似合う、可愛いと褒めてくれるから、嬉しくてどんどん着てしまうの。
これで最後にしよう、と渡された衣装を持って、試着室へ入る。目のまえで服を広げて……んっ⁉ こ、これはっ……!
「あ、あの……すみません。店頭に出られない、ので……中に入ってきてもらえますか……」
試着室の扉を細く開けて、キュロス様だけを呼び込む。彼は首を傾げながらも私の希望に従い、中へ入って……わたしの恰好を見た瞬間に吹きだした。
ああ、やっぱりそういう反応になるわよね⁉
その服は、もはや服と言っていいかどうかも分からないほどに露出が激しかった。胸の谷間も腋も脇腹も、おへそも足も丸出しなの。本当に絶対絶対ダメなところだけ隠して、そうでないところは全部出したっていう感じ。ルハーブ島で着た水着のほうがいくらか肌が隠れていた。なにこれ? こんなの人前に出られない!
しかしキュロス様は悶絶したまま拍手して、壮大な舞台演劇を観たかのように感涙していた。
「きっと何かのイベント仮装、あるいは踊り子の舞台衣装だな。素晴らしい。それも買おう」
「いつどこで着るの⁉ わたし、あなた以外に見せられないわよ⁉」
「ああもうそのセリフだけで本望……」
キュロス様は真顔で言った。
「俺が落ち込んで、死にたいくらい苦しい時は、それを着て踊ってくれ。それで俺はその先何年でも頑張れる」
「うっ……その時まで体型を維持できるかしら」
わたしは不安になってそう言ったけど、キュロス様は「きっと大丈夫」とは言わなかった。ただ本当に嬉しそうに笑って、こういった。
「肥っても痩せても、年をとっても、マリーは可愛い。愛しい妻の肌を見れば、俺は元気になるよ」
そこへ店主と思しき誰かがやってきて、試着室の扉を乱暴にノックした。
「あんた達、ピロートークはベッドの上でやってもらっていいですぅ? うち健全な店なんでー」
「何の話だ! 健全だっ!」
「二人で一緒に試着室に入ってる時点で説得力が無いんだよ、あーいやらしい」
「いいんだよ夫婦なんだから! 娘がいるとなかなかそういうことできないしっ……!」
キュロス様は赤くなって怒鳴った。
あのぅキュロス様、なんだか自爆しているような気がするのでやめてもらっていいでしょうか……。




