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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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商人たちは逞しいのです

 

 おおよそ三年ぶりに会ったナージ・ルーこと輸入衣料品の販売店オーナーの女性は、キュロス様の顔を見るなり、「勘弁してぇや旦那!」と叫んだ。


 イプサンドロスからの移民である彼女は、相変わらずコテコテの商人言葉で、キュロス様に詰め寄っていく。


「どういうことやねん、この冬は布製品を納品できひんかもって? 商売あがったりやねんけど!」

「も、もしかしたらの話だ。夏のぶんは在庫があるし……」

「屁のツッパリにもならへんわ!」


 ナージ・ルーは地団太を踏んだ。


「その在庫とやらが無くなったらどないすんのよ? うちはよそから商品仕入れて、畳んで並べて売ってるだけの店やで。売るもん無かったら商売あがったりやねんけど!」

「大丈夫だって、聞け。代わりと言っては何だが、羊毛を使った製品を流せるようにと画策している」

「羊毛製? そんなん、うちの顧客に売れるんかいな?」

「……その努力はしている。それに、何がどう転んでもこの店を潰すようなことにはさせない。……信じてくれ」


 キュロス様が頭を下げると、イプスの女性商人は、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 余所を向いたまま、独り言みたいにつぶやく。


「まあ、旦那にはもちろん、マリーさんにも、今までよう稼がせてもろたからな……」

「わたしに、ですか?」

「あんたらが結婚をして以来、イプス風の女性服は無いかって注文が殺到したんよ。自分も旦那みたいな東部大陸風の美男子と出会いたいって夢が膨らんだみたいで」

「なんだそれ、思わぬ展開すぎるだろ」


 キュロス様が半眼になると、ナージ・ルーは口元に手を当て、にやあっと目を細めた。


「ま、商売いうんは水物やから、流れたり止まったり色々ある。もしかしたらこれも新しいビジネスチャンスになるかもしれん。雨降って地固まるっちゅうやつやな」

「……そうであればいいと思うよ」


 キュロス様はそう言って、自嘲気味に笑った。

 ナージ・ルーの店を出て、わたし達は職人街へと向かった。



 ジョバンニの宝石加工店――婚約指輪としていただいた、レッドダイヤモンドを指輪用に加工してくれたのがこの店だ。


 わたしが来たのは本当に久しぶりだ。相変わらず、看板もない建物に入ると店内は柔らかな明かりに照らされ、キャビネットの上に、色とりどりの宝石が並べられている。けっこう不用心な気がするのだけど、来客は完全予約制なので、ジョバンニが付いている限り不埒なことはできないのだという。


「お久しぶりでございます、グラナド公爵」


 カウンター越し、ジョバンニが穏やかな笑みを浮かべたまま一礼した。

 キュロス様が少し緊張した声で口を開いた。


「ジョバンニ、事前に連絡した通り、こちらから説明をしなくてはならない件がある。最近、イプサンドロス経由での宝石や貴金属の仕入れがやや難しくなってきた。もしかすると卸しが減ってしまうかもしれない」


 キュロス様の言葉はシンプルだったけど、かなり言葉を選び、慎重に話しているのが分かる。長身の体を腰からまげて、キュロス様は頭を下げた。

 ジョバンニは目を細めて、ゆっくりと頷いた。


「頭を上げてください。うちは大丈夫ですよ」


 そして、カウンターの下から大きな箱を取り出した。ふたを開けると、中には小さな箱がビッシリ12個並んでいる。

 ジョバンニはその小箱を手に取り、わたし達の前でパカリと開けた。


「心配はいりません。実は『人魚の約束』シリーズが大変好調でして。真珠はカッティングなど無いもので、ほとんど手間が掛からずうちは横へ流すだけで大儲けです。単価が高いので、多少減ったとしても、うちは十分やっていけます」


 わたしはほっと息をついた。『人魚の約束』は、養殖真珠事業の発展により迫りくる価格暴落にあらがうため、天然真珠にブランドという付加価値をつけようと、動き始めた企画だった。不肖ながらこのわたしマリーが、モデル兼アンバサダーとして活動させてもらっている。

 実質ただの名前貸しで、ほとんど何もしてないんだけど。

 とにかくこのシリーズがこんな形でキュロス様を救うなんて、なんだか不思議な縁を感じる。

 ジョバンニがわたしの方に顔を向けた。


「ところで、ちょうど僕からもグラナド公爵にはお話したい件がありまして……『人魚の約束』シリーズ、新商品のご提案なのですが」

「新商品?」

「ええ、まあ僕の創作というわけではなく、お客様からこういうものが欲しいとお問い合わせいただくものを、企画にしてみました」


 ジョバンニがそう言って、カウンターの奥から小さな箱を取り出した。


「こちら、サンプルとして作ってみたものです。どうぞ手に取ってごらんください」


 箱を開けると、それは真珠のついたブレスレット……いやバングルと呼ばれるものだった。細い金属の輪に大粒の真珠、その側に同じくらいのサイズのエメラルドと、一回り小さな真珠が付いている。


 えっと……これって?


 小さなエメラルドがはめ込まれている。『人魚の約束』の新作ってことは、大きなほうの真珠はわたしがモチーフなんだろうけど……もしかしてこのエメラルド、キュロス様の瞳を模したもの? だとすると小さな真珠は……。


「これ、うちの家族か?」


 キュロス様も顔をほころばせた。笑顔で頷くジョバンニ。


「はい。このシリーズの流行に伴い、天然真珠全般を『マリー』と呼ぶ文化が発生してまして。『マリー』を見守るキュロス・グラナド公爵や、ご令嬢エリーザベト様とセットにしたものはないのかと、宝飾品店にはお問い合わせが殺到しているとのことで」

「それじゃあジョバンニ、真珠ふたつとエメラルドまでセット販売するつもりなのか」

「ブランドの承認をいただけるならばぜひ。ついでに、マリー様やエリーザベト様の髪色を模した、赤いカラーストーンでの発注も」

「なんだ、商魂たくましいな」


 キュロス様が呆れたように笑い、わたしもクスッと声を出してしまった。

 ジョバンニはわたしに、バングルの感想を聞いてきた。わたしはじっくりとバングルを眺め、頷いた。


「うん……とっても可愛い。わたし達がモチーフということをさておいても、きっと人気になると思うわ」

「ありがとうございます。完成したらグラナド城にもお送りいたしますよ」

「有料でだろ?」

「もちろん」

「本当に商魂たくましいな」


 キュロス様が笑って言う。ジョバンニも嬉しそうに笑っていた。


 わたしもそんな二人の笑顔に、心が軽くなっていくのを感じていた。貿易商のお仕事を楽しんでおられる理由も、これなのかもしれない。


 商人は逞しい。たとえ従来通りの商品売買が出来なくなったとしても、新しいやりかたを模索して、店の景色を変えていく。

 保守的な貴族の社会と比べて、街の人々の生活は常に流動し、前を向いている。


 彼らと一緒に働くのは、元気がもらえる……そんな気がした。



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