灰かぶりと赤毛
『知らない者同士が仲良くなるための魔法の道具』――チャイダンルックが、ゆっくりとお茶を薫らせる。
徐々に薄く、細くなっていく湯気をぼんやり見つめながら、エラさんはぽつりぽつりと身の上話をしてくれた。
「生まれた時はもっときれいな、銀色の髪だったと言われています」
だけどそれは、楽しい話ではなくて。
むしろ聞けば聞くほど胸が苦しくなるばかりのものだった。
「幼いころに、母が亡くなって。父は仕事ばかりで、娘のことに無関心でした。裕福な家ではありましたが、髪や肌を綺麗に保つ術など知らず、櫛ひとつ与えられることはなく……いつの間にかこんなにくすんで、灰色のようになってしまいました」
「……そう……なんだ」
わたしは薄っぺらい相槌を打つしかできない。エラさんはなおも、暗い声で続けている。
「私が十歳になった頃、父は後妻を迎えました。義母には連れ子があって……二人の義姉と、その夫、間に生まれた子供たちの世話を手に引き受けていました。一番多い時で父を合わせて十五人ぶん、家事と育児に追われて」
「十五人っ!?」
思わず悲鳴じみた声が出る。それだけの人数、家事や育児をまだ十代の彼女が一手に担っていたというの? そして誰もエラさんを助けてくれなかったなんて、酷い。あまりにもエラさんが可哀想だ。
エラさんは困ったように眉毛を垂らした。
「仕方ないんです、私は姉たちと違い、美しくないから。不器用で、頭も悪くて……家事をするくらいしか役に立たなくて。嫁の貰い手も働き口もないのに、家に置いてもらったのだもの。家族には感謝をしています」
ひどく後ろ向きなことを言いながら、にっこり笑うエラさん。
また、胸が痛む。
わたしは服の上から心臓を押さえた。
ずっと感じていた既視感、その正体がやっとわかった。
この人――初めて会った時から、誰かに似てると思っていたのを、今やっと理解した。
わたしだ。彼女、わたしにそっくりなんだ……!
シャデラン家で「おまえは醜い、役立たずだ」と言われ続けて、自分のいいところなんて何も分からなくなってしまったわたし。たまの誉め言葉も救いの手も、信じられなくなってしまっていた。自分が嫌いで、不幸に慣れすぎて、冷たい水を心地よく感じるようにすらなっていた。幸せになることが怖かった――あの頃のわたしだ。
だとしたら……今の彼女の言葉は、本心だ。ひたすらに無視されるよりも、こき使われたほうがまだ気が楽だった。冷たい刃のような指でも、触れてもらえるだけ嬉しかった――。
涙がこぼれそうになる。これは……同情ではない、同調だ。彼女の気持ちがいたいほどわかる。
口を開けば泣いてしまいそうで、何も言えない。黙り込んでしまったわたしを、エラさんは不思議そうに見つめた。
「どうしました、マリー様。私また何か、不快にさせることを言ってしまいましたか?」
わたしはブンブン首を振ったけど、エラさんは顔を曇らせ、涙を浮かべる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
呼吸をするように泣いて、謝るエラさん。
なんとかしてあげたいと思う。
わたしがこのグラナド城で救われたように、彼女のことも救いたいと思う。
……どうすればいいのだろう? キュロス様やミオがしてくれたことを真似すればいいのだろうか。だけど彼女とわたしは生家の境遇こそ似ているけれど、趣味も特技も違う。キュロス様とわたしと同じように、外国の話をして盛り上がれるかどうかは分からない。
やはりエラさんのことをもっとよく知らないと。でもあんまり過去のことを掘り下げるのも、彼女を余計に傷つけてしまいそうだし……。
「ごめんなさい……」
エラさんの泣き声を聞いていると、胸だけでなく、なんだかお腹までシクシクと痛くなってきた。
下腹部を手のひらで押さえながら、わたしは頬を引きつらせ、意味のない微笑を浮かべた。




