『いいふうふの日』記念短編 かくれんぼ
11月22日 (いいふうふのひ) 特別短編です。
(この回を投稿後、ふたたび【完結】状態に戻ります)
こんなかんじでときどき更新していくので、たまには遊びに来てね!
「まあ! キュロス様、今日はずっとお休みなのですか!?」
わたしが言うと、キュロス様はニコニコ笑って頷いた。
「ああ。このところ一日休というのはなかなか無かったからな。二人きりの時間というのも必要だと思い、調整してみた」
「二人きり? ミオやウォルフガングは?」
「二人とも留守。ミオはちょうど休みだし、ウォルフは俺抜きで成り立つ商談に出ている。本当に、今日一日、二人きりだよ」
彼はわたしの肩を掴み、抱き寄せた。長い指でわたしの髪を梳き、顎を持ち上げる。目と頬に口づけて……甘い声で囁いた。
「だから……今日は何でも、マリーのしたいことをしてあげられる」
「わたしのしたいこと、なんでも、ですか?」
問うた唇にも軽いキス。
「ああ、君の望むまま。二人きりで、大人の時間を……」
「だったら――わたし、かくれんぼがしたいです!」
「うん?」
キュロス様は、かくっと肩を落とした。
その様子に自分が何か、頓珍漢なことを言ったのだと察し、慌てて首を振る。
「す、すみません、お嫌でしたらいいのです」
「……嫌とかではないが、かくれんぼとは、なぜ?」
「それは……この間、ツェリとセドリックたちが遊んでいるのを見て……その。羨ましくて……」
改めて口にすると、本気で恥ずかしくなってきた。わたしはもう十八歳のレディ、婚約者との休日に、子どもの遊びをねだるべきではないだろう。そういえばキュロス様は、さっき大人の時間と言ったわね。何か彼にも思うところがあったのではないかしら。
「あの、キュロス様のしたいことで結構です。わたしは他に何も思いつかないので、なんでも」
まくしたてるわたしの頭に、ぽんと手が置かれた。キュロス様は一度だけ、その大きな手でわたしを撫で、微笑んだ。
「……それで? 隠れる役と探す役、マリーはどっちがやりたいんだ?」
まず、わたしたちはかくれんぼのルールを確認した。
初めに隠れる役と探す役……『子』と『鬼』とを決める。『鬼』は、グラナド家の守護神である英雄ジークフリートの胸像に顔を伏せて、声に出して百まで数える。『子』はその内に、どこにでも隠れていいのだが、数え終えたあと「もういいかい?」「まだだよ、もういいよ!」のやりとりをしなくてはいけない。必然、お互いの声がギリギリ届く程度の範囲、という縛りがつく。
このやりとりを終えてから、『鬼』は『子』を探し始め、見つけた『子』の名前を呼び、頭にタッチ。これで『鬼』の勝ち、ギブアップしたら『子』の勝ち――というものだった。
初めにわたしが隠れ、キュロス様が探す役。あとで立場を交代し、どちらも見つかったら長い時間隠れていられた方が勝ちというルールである。
「負けると罰か、勝ったらご褒美かがあるといいな。ゲームに緊張感が出る」
そう提案してきたのはキュロス様。たしかに、と思ったけど、罰やご褒美の内容が具体的に思いつかず、わたしはウーンと呻って考える。
「では勝ったほうが負けたほうに、何でもひとつ、お願い事ができるというのはどうでしょう?」
「……いいなそれ。そうしよう」
キュロス様はにやりと笑った。
「このキュロス・グラナド、本気で参る」
「――いーち、にーい、さーん……」
キュロス様の声が聞こえる。
彼がいるのは、グラナド邸の居住スペース、二階フロアの中心あたり。つまりこのフロア全体が、隠れ場所の候補となる。十分な部屋数と広さがあり、調度品も多いから隠れる場所もいっぱいだ。
だけど、わたしはあえて自分の部屋に入って行った。いつもの部屋、いつも使っているベッドに潜り込む。自分の体の厚みでばれないよう、予備のシーツを周りにおいてごまかしておいた。
おふとんをしっかり頭からかぶって……うん、これでパッと見にはわからないだろう。
「――ひゃく。もういいかい?」
遠くからキュロス様の声がする。わたしは「もういいよ!」と叫んで、またすぐ頭をひっこめた。
「ふふっ……」
真っ暗闇の中でわたしはほくそ笑んだ。
――そのわずか数秒後、ガチャッと大きく、扉を開ける音がした。わっ、もう来ちゃった!?
キュロス様ったら、真っ先にここの部屋を探し始めたのね。こんなすぐに見つかるわけにはいかない……わたしは息を潜めて、布団の中に潜り込んでいた。
「おや? いないな……うーん、ここだと思ったんだが……」
キュロス様が呟く。
「マリー? どこだマリー?」
大股で歩き回る革靴、ガタゴトと、あちこちの物を動かす音。奥のクローゼットが開かれ、「見つけた! あれ、違う、トルソーか」などの声もする。
……どきどき。ふふふ……。
キュロス様がわたしを探している。優しくわたしの名を呼ぶ声が嬉しくて、楽しくて、笑い声をこらえるので必死になる。そしてこのかくれんぼという遊びが、世界中の子どもに愛されている理由を実感した。高級なおもちゃや特別な施設は要らない。ちょっとした障害物と友達だけあればいい。
見つかりませんようにというドキドキ、早く見つけてほしいというドキドキ。そしていつかは、必ず見つけ出してくれるだろうという、安心感……。
ああ、かくれんぼって、こんなに楽しい遊びだったのね……。
遊び道具に乏しいシャデラン領、子どもたちの間ではもちろん、かくれんぼは盛んに行われていた。十二の歳で学校に入り、仲良く遊ぶクラスメイトを眺めるだけだったわたしには、とても眩しく映っていた。
決して誘われることはなかったけど……一度だけ、勇気を出し、わたしも寄せてとお願いした。
クラスメイトたちは面倒くさそうな顔をした。だけどすぐに笑顔になって、快く仲間に入れてくれた。
「マリーちゃんは友達がいないから、あたしたちの名前がわからないでしょ? だからマリーちゃんが『子』ね。あたしたちみんなで『鬼』になって、マリーちゃんを探すわ」
十二歳のわたしは頷いた。本当はみんなの名前を知っていたし、『鬼』をやってみたかったけど、みんなが探してくれるというのが嬉しかった。
「マリーちゃんは体が大きいから、なるべく分かりにくいところに隠れてね。暗くて狭くて、普通のひとが行かないようなところに……息を潜めて、絶対に声を出さないで隠れていてね」
言われた通りに従う。さほど広くもない学校で、その条件に合う場所は少なかった。旧校舎の外れ、朽ち果てた用具倉庫に入り込んだ。
そしてその扉を、友達が開けてくれるときを待った。待って待って、待ち続けて……だけどその時は来なくて。いくら耳を澄ませていても、わたしの名を呼ぶ声は一度も聞こえなくて……やがて辺りが真っ暗になってしまってから、わたしはそっと倉庫を出た。
それから『鬼』である彼らを探し、一人一人名前を呼びながら……学校中を歩いて回ったの。
「……おかしいなあ、どこにもいない。他の部屋に行ってみるか……」
掛け布ごしにキュロス様の声――そして遠のく靴音、バタンと扉の閉まる音。
……少しの時間、そのまま待って……わたしはそうっと顔を出した。
すると、すぐ目の前に、キュロス様の顔があった。
ほとんど添い寝するように、枕元に肘をついて、わたしの顔を覗き込んでいる。
「マリー、見つけた」
そうして彼は、わたしの頭をヨシヨシ撫でた。
「あ、あれっ? 部屋を出て行ったのではないのですか!?」
「出てないよ。扉を開けて、閉じただけ。それから忍び足で戻ってきた」
だ……騙されたっ!
見事に引っかかってしまい、赤面するわたしをキュロス様はクスクス笑って見つめていた。
……さて、今度はキュロス様が隠れる番。
鬼役もやってみたかったので、とても嬉しい。
「いち、にい、さん……ひゃく! もういいかい?」
「もういいよー」
という声は、意外と近くで聞こえた。そんなに奥の部屋ではないわね。近くの部屋から順番に見て回る。だけどすべての部屋を回っても、キュロス様は見つからなかった。おかしいわ、キュロス様はわたし以上に大柄だし、隠れられるところはごく限られているはずなのに……。
廊下に出て、途方に暮れる。今日は曇りなので、館の廊下は薄暗かった。静まり返った廊下で、わたしは虚空に向けて声を上げた。
「キュロス様、どこ……?」
「俺はここだよマリー」
――と、声はすぐ近くで聞こえた。うわっと悲鳴を上げて振り向くと、本当にすぐ近くに、キュロス様が立っていた。
なにか調度品の後ろに潜んでいたわけではない。柱の影の暗がり、黒檀の壁に張り付くようにして、そのままただ立っているだけである。しかし彼の黒髪と褐色の肌、そして黒い服を着ていたので、闇にしっくり馴染んでいたのだ。
こ……こんな隠れ方ってある!?
「ぶふっ……す、すごい、ただ飾り付きの上着を脱いだだけで、堂々と立ってたなんて」
「俺の体格だと、あまり身を隠せる場所がなくてな。発想を逆転させてみた」
「ふくっ、本当に分からなかったです。でも、呼びかけに応えちゃ、だめじゃないですか」
「マリーに名前を呼ばれたら、俺は出ていかざるを得ないからな」
「だめですよ、く、ふ、うふっ。あははははっ」
ああもうだめ、おかしくて仕方がない。キュロス様は外套を羽織りながら、やれやれと頭を振った。
「しかし、自分で思っていたよりも結構バレなかったな。マリーは俺の前を何度も往復してたぞ」
「あははっ、そうですね、キュロス様の勝ちです。わたしは本当にすぐに見つかってしまったので」
そう考えるとちょっと残念、とても楽しかったからこそ、すぐ終わってしまったのがもったいなかったな。またいつか、セドリック達に仲間に入れてもらえるときがあれば、もっと上手に隠れられるように頑張ろう。
たとえばあの場所とか……思案にふけるわたしの肩を、キュロス様がトントン、指先で叩いた。
「では勝者の願い事をひとつ、いいか?」
「あっそういえば……そういう約束でしたね。はい、どうぞ」
どんな罰ゲームを言われるのか、ドキドキしてキュロス様を見上げる。彼は飛び切りのイタズラを思いついた子どものような表情で、わたしに耳打ちした。
「……では、かくれんぼをもう一回。今度は手の空いてる侍従を呼び集めて、みんなでやろう」
わたしは今度こそ、大きな歓声を上げたのだった。
◆◇◆◇◆◇
――その夜。
「ほう、かくれんぼ……。私が不在の間、そんなことをしてたのですか」
と、ミオはいつもの無表情でそう言った。声もいつも通り平坦だが、長い付き合いなので、半ば呆れているのが見て取れる。
「ああ。マリーが言い出した時にはちょっと、どうしたものかと思ったけどな。やってみると案外、なかなか楽しいものだったぞ」
「そうですか。それは何よりです」
「今度おまえも一緒にやろう。童心に帰れるぞ」
「……いえ、それは遠慮しておきます。『鬼』にせよ『子』にせよ、私が入るとゲームが台無しになるほど一人で無双してしまいますので」
「……そうだな、うん」
俺は素直に頷いて、我が妻の可愛らしさをしみじみと噛み締めたのだった。




