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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第十二章 ~彼女の笑顔に満月を~
70/80

傷跡を辿って

 それから一週間後。

 俺達は予定通り、目的地のラグナート大陸に辿り着く事ができた。といっても、一応リヴネイルは海賊船という事になっているので、堂々と港町に入港するわけにもいかない。

 なのでテティスは、大陸南東に位置する“港町ベイト”からやや北にある崖のそばに船をつけた。

 崖なんかからどうやって俺達を陸に上げるつもりなのかと思ったら、何やら船長には秘策があるご様子。

 何でもリヴネイルにはとっておきの秘密機能が多数搭載されており、その内の一つ“小転移装置”を使って俺達を陸までワープさせるつもりらしい。ヴォイドアガムの応用という話だが、とてつもない機能を作ってくれたモンだなぁ。


 上陸後、俺達が目指したのはラグナートの首都“フィルセス”。そこにある“セシルの屋敷”だ。そこで……ルナは過去の記憶と向き合わなければならない。

 テティスが作った転移装置は優秀で、かなりフィルセスに近い場所まで俺達は一気に飛んだ。そんな事もあり、俺達は短時間でフィルセスに到着する事ができたのだった。

 ラグナートは田舎大陸だと聞いていたが、首都であるフィルセスはそこそこに活気があった。風が強く、背の高い建物はあまりないが、その分目立つのが風車だ。風車なんてグランスフィアに来て初めて見た……というか、地球でも実際に目にした事はなかったっけ。


 あの時の夢で見た景色を思い起こし、俺は黙々とセシルの屋敷を目指して歩いた。が、俺が見た景色はあくまでも数年前のもの。なおかつ記憶がおぼろげだった事もあり、町人から話を聞きながらようやく屋敷に辿り着いた頃には、少し陽が暮れかかっていた。


「ルナ。この屋敷に見覚えはないか?」


 屋敷の門の前に立ち、俺は隣にいるルナに尋ねた。その質問が愚問である事を知った上でだ。なぜなら屋敷を見上げるルナの体は小刻みに震え、大きく見開かれたその瞳には明らかな怯えの色が宿っているのだから。


「……何で……? わ、たし……ラグナートなんて……来た事ないはず、なのに……」


 青ざめた顔と、震える声。その様子があまりに痛々しく見えた俺は、気付くとルナの手を握っていた。


「私……変……。怖い……どうして、こんなに……! カエデ、ここって何なの? 私にとって、どういう場所なの……!?」

「ここはあの日……ルナの全てを変えてしまった場所。希望と絶望が同時に与えられた場所。忘れたままじゃ駄目なんだ。もう一度、ルナはここに戻る必要がある」


 そう……ルナは過去を見つめ直し、理解する必要がある。それと同時に、成さなければならない事も。

 俺はそびえ立つ門をくぐり、前庭へと踏み込む。ゆっくりと屋敷へ向かう俺のマントをルナが慌てて掴み、他のみんなも黙って後に続いた。

 呼び鈴を鳴らし、数秒後……開いた扉から銀色の髪を揺らして、俺と同い年くらいの男が現れた。……セシル本人だ。

 俺はその顔を見た瞬間、セシルの頬を迷いなく殴り付けた。


「ちょ、カエデ!?」

「わわっ、お兄ちゃん!?」


 俺の突然の行動にルナとセイラを始め、みんなが驚いたように悲鳴を上げた。だが、俺は気にしない。

 こうする事は、ルナの心の闇を知った時からずっと決めていたからだ。


「うっ……ぐ……っ! お、お前……いきなり、何を……くッ!」


 殴られた痛みに顔を歪めたセシルが、頬を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。それを見届けてから、俺は質問に答える代わりに隣にあった太いコンクリートの円柱に思い切り頭突きをかましてやった。意識が遠退くような激痛と共に、目の奥で火花が散る。


「なっ!? お前……さっきから一体何を……?」


 俺の奇行に驚愕の表情を浮かべるセシル。他のみんなも絶句して俺を見つめている。だが、これも決めていた事だ。


「イッテェ……あ~、いきなり殴ったりして悪かったな。だけど、俺はどうしてもアンタを一発殴らないと気が済まなかったんだ。だから今の頭突きは、一応その落とし前のつもりだよ。これだけじゃアンタの気が済まないってんなら、好きなだけ俺を殴ってくれても構わないぜ」


 周りの反応を無視して、俺は自分の額を指差して言った。かなり切ってしまったらしく、血がどんどん垂れてくる。


「お、お兄ちゃん、すごい血が出てるよ? 待ってて……」


 そう言ってアガムで回復しようとするセイラを俺は手で制すと、首を横に振って見せる。


「いや、俺はいい。それよりセシルを回復してやってくれ」


 その言葉に、「でも……」と躊躇するセイラ。俺が同じ台詞をもう少し語気を強めて繰り返すと、心配そうにしながらもセイラはセシルを回復した。

 痛みが引いたセシルはセイラに礼を言うと、俺に向き直って静かに口を開く。


「さて……君とは初対面のはずだが……君は僕の事を知っているようだな。いきなり殴り付けるくらいだ、何か事情があるんだろ?」

「あぁ。けどアンタに用があるのは俺じゃない……この子だ」


 セシルの問いにそう答えると、俺は俺の後ろに隠れていたルナを前に押し出した。ルナは一瞬ビクッと震え、セシルから目を逸らすように俯いてしまう。

 セシルは「ん?」と小さく呟きを漏らし、ルナの顔をじっと見つめる。そしてしばしの沈黙の後、セシルはようやく彼女の正体に気付いた。


「! ……まさか……君はひょっとして、ルナ……か?」

「ぅ……うん……ひ、久し振りだね……セシル、君……」


 ──。


 ────。


「改めて……本当に久し振りだな、ルナ。元気……だったか?」


 屋敷の応接間に通され、再会の挨拶は仕切り直し。セシルは高級そうなソファーにゆったりと身を沈めながらそう言った。俺達もセシルから椅子を勧められたが、座る者は一人としていなかった。


「……うん。一応……元気かな。でも少し前にアポカリプスが盗み出されて……今はみんなと旅をしてるの」


 おずおずと開かれたルナの口から暗いトーンの声が紡ぎ出される。その話を聞くとセシルは少し驚いた表情になったが、すぐに平静を取り戻して言葉を返す。


「降魔剣アポカリプスが、盗み出された……一体誰が、どうやって……? いや、それ以前にアレを盗み出す事に何のメリットがある? それも、今さら。ふむ……しかし、もし封印が解かれたとしたらマズイな。事が事だけに、僕も他人事と思えない話だが……その件について僕が力になれる事は、残念だけど少ないと思う」


 そう告げたセシルは大きく息を吐くと、咳払いを一つ挟んでルナに問い掛けた。


「……それよりもルナ。そんな話を僕にするためにわざわざここに来たわけでもないだろう? そろそろ聞かせてくれないか? ここに来た理由を……」


 単刀直入に投げかけられたセシルの問いに、ルナは怯えたように俯いて黙り込んでしまう。


「ルナは……アンタにもう一度言いに来たんだ。あの時の言葉を、もう一度……そして、あの時言えなかった……言い忘れた言葉をな」


 黙り込むルナの代わりに、俺がセシルを睨みつけながら言った。するとセシルは“お前には聞いてない”とでも言うように俺を睨み返してきたが、ルナがふいに口を開いたために視線をそっちに移した。


「でも……私、セシル君に言いたい事なんて……」

「……おいおいルナ、この場面でソレはないだろ? 言いたい事がないなんて、それこそないだろ! ルナはあんなに苦しんできたじゃないか……それなのに言いたい事はないのか? どうでもいい事でお前は悩んでたってのかよ?」


 俺は思わず責めるような口調でルナに突っかかってしまう。初めは押し黙って俺の言葉を聞いていたルナだったが、最後の言葉に反応してルナも感情的になる。


「どうでもいいわけないじゃない! 今まで散々苦しんできて……その意味も分からなくて、忘れてて……! でも、何も思いつかないの! あれだけあった言いたい事……全部忘れちゃったんだよ!」

「そうか、じゃあ思い出させてやる。セシルとの勝負に勝ったあの時、ルナはセシルに何て言って欲しかったんだ?」

「っ……そ、それ、は……」


 俺の質問に言葉を詰まらせるルナ。ルナは言いたかった事を忘れてなんかいない。思い出そうとしてないだけだ。いや……多分、もう思い出してる。けど、それを言葉にする勇気がないだけなんだ。

 だったら、俺が手伝ってやる。今は俺が心の盾になってやれるから、ルナは何も怖がらなくたっていい。


「なぁルナ。素直な心を無防備にさらけ出す事は、怖い事だよな。それは俺も同じだ。一度傷付いた事のあるルナは、なおさらだと思う。でもな……あの時砕かれた心の破片はもう、ルナの手の中に集まってるはずだ。それを失わないために、ただうずくまってるだけじゃ駄目って事もルナはもう分かってるんだろ? ルナは俺に助けを求めた。だから俺はルナをこの場所に連れてきた。なら、最後の一歩は自分で踏み出せよ。安心しろ、俺がここで見てるから……な?」

「カエデ……分かった。私、言うね……」


 震える声、震える体、震える心を必死に抑え、ルナは潤んだ瞳をセシルに向けて言葉を吐き出す。あの時に言えなかった言葉を、数年越しの想いと共に……。

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