誕生? 女海賊カエデ
その後、俺達の様子を見に部屋までやって来たテティスに、俺とルナは改めてお礼を言った。
そして、今後の方針についても聞いておく。
「なぁテティス。この船は今、どこに向かってるんだ?」
「ふん。沈没した船はザーグガルドの港町ロッドを目指していたようだから、そこに向かっている。貴様らは途中にある倭京に用があったと聞いたが、リーダーが目を覚ますまで待ってやる義理もないのでな」
「ああ、それで構わないよ。まずは一旦、モートオルモから出航した人達をザーグガルドに降ろしてやってほしい。でさ、その後でいいから……俺達をラグナート大陸まで連れて行ってくれないか?」
俺がそこまで口にすると、テティスは元々悪い目つきをさらに極悪にして俺を睨みつけてきた。
「我がリヴネイルの針路を、なぜ貴様ごときに決められなければならん?」
「そ、そこを何とか! 図々しい頼みなのは分かってる。でも……!」
「くどい! 俺様の船は女性専用だ。男である貴様がこのリヴネイルに乗船している事自体、すでに大罪なのだぞ?」
え、女性専用の船? って事は、乗組員も全員女性なのか? 何それ、すごいパラダイス……じゃなくて、今は真面目な話だった。
「テティス船長……一生のぉ、お・ね・が・いっ! うっふぅ~ん!」
俺は精一杯可愛らしく女の子を演じてみた。これならお願いを聞いてくれるはず!
「ふぅ……貴様という奴は、仕方がない男だな……」
「っ! じゃ、じゃあ……!」
「あぁ、連れて行ってやる……最寄りの診療所までな。そこで脳ミソを精密検査してもらえ」
「んなっ!? 俺は正気だよ! なぁルナ?」
そう言って振り向くと、
「わぁ~カモメさんが船を追いかけてきてる~うふふふ~」
ルナが窓の外を眺めて他人のフリをしていた。んもうっ、失礼しちゃうわねっ!
「ゴホンッ! ま、まぁ冗談はこれくらいにしておいて……ホントに頼むよテティス船長。ほら、この通り!」
俺は日本人の最終手段、土下座によって最後の勝負に出た。
「ば、馬鹿な真似を……貴様にはプライドというものが無いのか?」
「ある! あるけどプライドを捨ててお願いしてるんだッ! お願いします、俺達をラグナートへ連れて行って下さい!」
「むぐぐ……そうまでして、なぜラグナートへ行きたがる? まずはそれを話すのが筋というものだろう」
「それは……ルナのために決まってる! ラグナートへ行く事は、ルナの過去、現在、未来、全てを救う事へと繋がってるんだっ!」
床に額を擦り付ける俺の耳に、テティスとルナの息を呑む音が聞こえる。
「カエデ……」
ルナの声は、困惑に震えていた。きっと俺のこんな姿を見て動揺しているのだろう。けど、ルナにどう思われようと構わない。これだけは……絶対に譲れないんだ。
「……分かった。女のためにここまでできる貴様を、少しは骨のある男だと認めてやるのだ。連れて行ってやる……ラグナートにな。その後の行動も貴様が決めるといい。貴様はもう、リヴネイルのクルーなのだからな」
俺の熱意が通じたのか、テティスはスッと背中を向けるとついに俺の願いを聞き入れてくれた。
俺は嬉しさのあまりガッツポーズを取ろうとしたが、テティスの最後の台詞に引っ掛かるものを感じて動きを止めた。
「なぁテティス。俺がこの船のクルーって、どういう事だ?」
「ふん、前にも言っただろう? ファントナエラは貴様を狙っていると。俺様は奴を追い、奴は貴様を追っている。つまり貴様には、奴をおびき出すエサとしてこの船にクルーとして乗ってもらうという事だ。俺様も寛大な女なのでな、クルーの我が儘の一つや二つくらいは聞く耳もある」
腕組みをしたまま毅然とした態度を崩さないテティス。すると、ルナがテティスに質問を投げかけた。
「あ、あの~……カエデがクルーになるって事は、その連れである私達もクルーになるって事かな? 私はいいけど、みんなそれで納得するとは思えないんだけど……」
「案ずるな。確かに連れである貴様らもクルーという扱いになるが、雑用は間に合っている。なので貴様らは、これから与える自室の管理だけ責任を持ってやっていればそれでいい。……カエデ! 貴様は別だがな」
「えぇっ!? ちょ、じゃあ俺はファントナエラのエサ兼雑用かよ! いくらなんでも……」
「馬鹿者、一つ足りんわ! 貴様はエサ兼雑用兼戦闘要員だ! その代わり、行動は貴様に任せてやる。ありがたく思え! わははは!」
うぐぐ……男女差別反対! ……なんて声に出して言っても、「馬鹿者、差別ではなく区別だ!」とおなじみの決まり文句で返されるだけなんだろうな。ホント、どこの世界も男ってこんな扱いだよなぁ、とほほ~……。
溜め息と共に、俺は大きく項垂れた。そんな俺の姿を見てか、ルナがおずおずと声を掛けてきた。
「ねぇ……カエデ。何で私をラグナートに連れて行くの? アポカリプスの捜索を中断するほどの意味も、カエデがこんなに頭を下げる意味も分からないんだけど……」
そんなルナの言葉に、俺は“やっぱりな”と改めて確信した。
ルナは、覚えていないんだ。過去の事を……ラグナートで出会ったあの男の事を……あの男から受けた、最悪の仕打ちを。
いや、覚えていないというのは表現が適切じゃないな。ルナは、記憶を封印しているんだ。そうでなきゃ、心が耐えられないから……。
「行けば分かるよ。……多分、嫌ってほどに。でも大丈夫だ。今回は、俺がいる。俺がルナの事を、絶対に守ってやるからな」
俺の言葉に頬を染めながら、ルナは首を傾げている。困ったようなその笑顔の中に……俺は見た。ルナの不安に満ちた心を。
頭では忘れていても、心が覚えている。だから、俺の笑顔に今までずっと怯えていたんだ。きっとルナの心中には、今も得体の知れない恐怖が渦巻いているに違いない。
だったら、俺がその恐怖を吹き飛ばす。もうすぐそこから、解き放ってやるから──。
「よし、行こう! 錨を上げろ、帆を張れぇ! ラグナートへ向けて全速前進ッ!」
「コラ貴様、船長は俺様だぞ! 指示は俺様が出したいのだぁっ! それにラグナートの前にザーグガルドだろーが、この馬鹿者!」
「あ、すんません……調子に乗ってました……」
こうして俺達は、グダグダな感じで出航しましたとさ。




