絶望からの無秩序
「なぁ。ティリスはさ……これからどうするんだ?」
「はい? え、どうする……ですか?」
デゼスとの激闘を終えた後。俺達はさすがに疲れ切っていた事もあってその場にテントを張り、休息をとる運びとなった。そこで唐突に投げ掛けた俺の質問はティリスには伝わらず、俺は質問の形を変える事にした。
「ほら、ティリスの旅の目的はさ……もう果たしたじゃん。果たしたよね?」
「え? は、はぁ……多分」
「うん。だからさ、ティリスはもうさ……その、俺達と一緒に旅する必要って言うか、必然性みたいなのはもう無いわけですよ。だから何て言うか……他に何かしたい事とかってあるのかなぁ、って思ってさ」
もっと気の利いた言い様もあったかもしれないけど、いい言葉が浮かばないままに俺は言った。するとティリスは案の定、悲しそうな表情になって低い声で呟くように答えた。
「……。カエデさんは……私が邪魔だと仰りたいんですね……。いいんです、はっきり言ってくれても……」
「だああっ!! 違う! 違います!! そうじゃなくて、俺はただ……」
俺は取り乱しつつも必死で弁解を試みる。だがティリスは俺の反応を楽しむようないたずらっぽい笑みを浮かべると、ぺろっと舌を出してみせた。
「ふふっ、冗談です。ごめんなさい」
「なっ、何だよ~~……ティリスが冗談言うなんて思わなかったからびっくりしたよ。で、結局どうなの?」
「そうですね……。結局のところ自分でも良く分からないのが現状でしょうか。何分、今まで抜け殻のように生きてきたものですから……やりたい事も、昔はあったはずなんですけどね」
「そっか……。えと、じゃ、じゃあさ。もしティリスさえ良ければ今まで通り俺達と一緒に来ない? やりたい事が見つかるまでさ」
「本当ですか? そう言っていただけると嬉しいです。実は私からもそうお願いしようと思っていたので」
「あ、そうなんだ。よっしゃ、じゃ決定ね。いや~~、良かった良かった! ハハハハハ!」
喜びのあまり、俺は拳を握り締めてガッツポーズ。が、心の中で小躍りしていた俺にルナがじろりと睨むような視線を向けて言った。
「何だかやたら嬉しそうだね……?」
「そりゃもう! 『カエデらぶらぶ団』の愛天使は多いに限るからな!」
「ぅわ、それまだ続いてたの?」
「いい加減、馬鹿らしくなってきたけどな」
「そう思うんならやめなさいよ、全く……」
そんなルナとのやりとりの後、俺達はこれからの予定についてを軽く話し合う事にした。
といっても、もともと冥界にはデゼスを倒すためだけに来たわけで、人間界に帰る以外の選択肢は無いんだけど……。しかし、そんな時テミスが手を上げて話を切り出した。
「あのさあのさっ! あたしから一つお願いがあるんだけど……カエデくん聞いてくれる?」
テミスはそう言うと同時に音も無く俺に近付き、スッと腕を絡ませてきた。うっ、腕にっ、テミスの特大バスト様がっ……!!
「い、いやぁ~、まぁそうね、イイんじゃないでしょうか、俺が叶えてやれる範囲なら」
うぅ……ルナを筆頭に、他のメンバー全員の鋭い視線を痛いほど感じる。でもしょうがないじゃん、オッパイ……は関係なしに、成り行き上そう答えるしかないだろ普通。
「ほんと!? ダイジョーブ! もっち叶えられる範囲だし! あのね、実はぁ……カエデくんに『ケレトゥス』を倒して欲しいんだぁ」
「おほほ、そっかそっかぁ。……で、ケレトゥスって一体何なのかな?」
「あれ? 言ってなかったっけ? ケレトゥスってのは今の冥王なんだけどね」
「ふーん。……ってエエッッ!? じゃ、何? 俺にまた冥王倒せってのか!?」
俺はあまりの驚きに声を裏返して叫んだ。しかしテミスはこのリアクションを予想していたらしく、絡めた腕を更に密着させて諭すように語り掛けてくる。
「だ~いじょ~ぶだよぉ、冥界史上最強の冥王と謳われたデゼスを倒せちゃったんだから、ケレトゥスみたいな包帯野郎なんて楽勝だって! それにケレトゥスだってデゼスに負けないくらいにアクドイ奴なのよ? アイツは“無秩序”がモットーとか言ってさ、も~やりたい放題やってるのよ! “カオティッシュ城”とかいうドデカイ城を下級魔族に強制労働で造らせて、毎日毎日豪遊三昧。お陰で色んな物価がドンドン値上がってもう大変なの」
「なるほどな……欲に塗れた暴君による物品の独占、か。そいつは確かに……」
一大事、なのかもしれない。とはいえ……俺達がデゼスを倒せたのは序盤に上手く連携が決まってくれたお陰というか、ぶっちゃけ奇跡に近い。デゼスより多少弱かろうと楽観視できるような相手じゃないだけに、俺は答えに迷っていた。
「カエデくん、酒場にいた奴らの事覚えてるでしょ? ケレトゥスを放っておくとあんなのがドンドン増えちゃうんだよ。だからお願い! 冥界を助けると思って、ね? 上手くいったらサービスしちゃうから!」
「う~~~~ん…………分かった。サービスの話はともかく、テミスには色々世話になってるし、冥界が悪くなっていくのを見過ごすわけにもいかないしな。ほんと、サービスは置いといてさ」
「超期待してるじゃない……」
一応神妙な表情を作って言ってみたものの、みんなから浴びせられるジト目の痛さは変わらなかった。
ただ、今の冥界の無法地帯っぷりは確かだ。その現状を実際に目の当たりにしている以上、最終的には打倒ケレトゥスに全員が賛同してくれたのだった。
──そして翌日。
旅を再開した俺達はリスィーの川を越えて冥界を北上、そのまま一気にケレトゥスの領域に侵入した。しかし、ケレトゥス領は現冥王の領域なだけあって非常に広大で、三日歩いても目的地であるカオティッシュ城には辿り着く事ができなかった。おまけにこの辺りの気温は他と比べてなぜかかなり高く、戦いを前に長旅の疲れが出てこないかという心配も付き纏ってくる。
「ちくしょー、暑ぃ……リスィーの川から遠ざかるにつれて気温が増していくみたいだ。あ~~、北上していくほど暑くなるなんて地球とは正反対だなぁ」
すでに上着も脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になっているにも関わらず噴き出す汗を拭いながら俺は泣き言を並べる。するとそれを聞き付けたテミスが額に汗を浮かべながらも涼しい顔で言った。
「そうなんだ? ま、チキュウってトコに比べたらそりゃ~住みにくいトコかもしんないけど、別に冥界だってそんなに暑いばっかの世界じゃないんだよ? なんせ気候が不安定だからね、急にガクッと寒くなる事だってあるし。カエデくんらはたまたま行く先々が暑くなってるだけだよ」
「そうなのか……。く~っ、だったら早く寒くなってくれねぇかなぁ……ぶあっくしょ~~いッ!! うぅぅ、何だぁ? 急に……寒くなってきた!」
テミスの言う通り、言ってるそばから身を切るような寒さが襲ってきた。俺も他のみんなも慌てて上着やローブを羽織るが、一気に引いた汗のせいで体の震えは止まらない。
うぅ……俺、どうも冥界は苦手だ。早いとこケレトゥスとかいう奴を倒して人間界に帰りたいなぁ。
と、俺が盛大な溜め息をついたその時だった。突然コロナが俺の肩に手を置いて御者台から身を乗り出し、叫んだ。
「あ~!! カエデちゃんっ! あれっ!! おっきいお城が見えてきたよ!」
コロナの視線の先に目を向けると、地平線の闇を切り取るようにして巨大な城が揺らいで見えた。間違いない、あれが俺達の目的地──カオティッシュ城だ。
城の姿を視認できるようになったとはいえ、城自体はまだまだ遠い。結局城への到着は明日に持ち越し、俺達は禍々しい物見塔の明かりから隠れるように野営する事になった。
ケレトゥスとの対決は、いよいよ明日だ。俺はみんなに寒さで体調を崩さないように注意しつつ、早めに眠りについた。




