完璧なロールプレイ ~カエデ VS 冥王デゼス~
「ミ、ミリー……サンキュー、助かった。よく受け止められたなぁ」
「ふっふ~ん、カエデ君忘れたの? ウチは人間じゃなくてフェヌアス。こと肉体面においては人間なんか及びもつかないんだから。それに何かカエデ君て妙に軽いし。女子としてはその軽さ、羨ましいにゃ」
ミリーはジトリと粘り気のある視線で俺を見下ろし、短く溜め息をつく。言いたい事はまだあるのか、そのまま立て続けに文句が続いた。
「それにさ……カエデ君。ちょっと一人で先走りすぎじゃない? 見てみなよアレ」
そう促され、俺はミリーが指差した方に視線を送る。そこではリピオとプリムが織り成す息の合った連携が光っていた。デゼスの振るう大鎌の一撃を巧みに躱し、爪やブレスによる攻撃でデゼスを翻弄する二匹は“伝説の守護獣”の名に恥じない強さを見せ付けている。
間断なく攻め立てる二匹に生じる僅かな隙には、ルナ・コロナ・テミスのアガムによる波状攻撃が突き刺さる。エレメントの相殺を許さない多様な属性魔法により、デゼスは先程から障壁法陣による防御を強いられている。それによってデゼスのルオスは本人が思う以上に消費させられているようだ。
「ねぇカエデ君。カエデ君はウチらに比べたらそりゃあ確かに強いかもしれないけど……だからってあんな化け物相手に一人でやれるわけない。でもさ……ウチらにはウチらの戦い方がある。カエデ君は一人じゃない、“仲間”がいるんだから……メイガスとかいうヤツみたいに一人で戦おうとしないで、みんなで戦おうよ。カエデ君がウチらを大切に思って守ろうとしてくれるのは嬉しいけどさ、ウチらだってカエデ君の事守りたいんだ。だから信じて──仲間の力を」
心に染み入る言葉を残し、ミリーはリピオ達の連携に加わるためにデゼスに向かって走っていった。
「……仲間の力……」
そう……だ。そうだったんだ。俺は……みんなを守りたくて……できる限り一人で戦おうとしてきた。みんなを戦いに駆り出して危険に晒したくなかったから……。
でも、違ったんだな。俺一人ではどうにもならない強大な敵と戦わなくちゃならない時──みんなが力を貸してくれる。俺を助け、支えてくれる仲間がいる。メイガスのような孤高も一つの強さだろう。
……だけど。守るべき者を守りたい、そう思う一人一人の意思の強さを束ねた時、その思いは最強を超える力に変わるんだ! それが……俺達の力!!
「うおおぉぉおおッッ!!」
地面に突き刺さっていたネレイダーを左手で引き抜き、右手にはソーマヴェセルを携え俺は再びデゼスへと斬り掛かる。
「グゥッ!?」
さっきまでとは気迫が違う剣を受け、たたらを踏むデゼス。そしてそれだけじゃ終わらない。俺の剣を払うデゼスの背をミリーが狙い、それを躱せばその両足目掛けてリピオとプリムが牙を剥く。避けようと振るわれた鎌を俺が渾身の力で受け止め、そこをすかさずミリーが狙う。
「ぐううぅぅッ!! ちょこまかと鬱陶しいぞ! このゴミ共がああッッ!!」
デゼスは怒りに身を震わせ、力任せに鎌を薙ぎ払う。周囲を囲んでいた俺達は一瞬にして間合いを広げられてしまうが、そこに狙い澄ました一本の矢が空を裂き、デゼスの左胸に深々と突き刺さった。
「……。小娘……ッ!!」
心臓までは到達していなかったようだが、危険な一撃を浴びせられたデゼスは逆上。両足に牙を立てたリピオ達を勢いで振り切って、矢の射手であるリースへ猛然と駆け寄り鎌を振り上げる。
ドゴォッ!!
「ッ!! ガッ……ハ……!?」
その時、リースを守る最高のタイミングでルナ達のアガムが発動。怒りで視野が狭まっていたデゼスの顔面に強烈な爆発の花が咲き、デゼスはこの戦いで初めて地に膝を突いた。
この隙……トドメ行けるか!? 俺は両手の剣を握り直し、エクルオスを滾らせる。だが……!
「ゴミ共がぁ……! 調子に……乗るなああぁぁッッ!!」
叫んだデゼスの背中から上がる、バキバキという生々しい音。自らの鎧を砕いて現れたのは、テミスの背にもあるようなコウモリの翼だった。
翼を羽ばたき大空高く舞い上がったデゼスは瞬時に滅紫のエクルオスを練り上げると、眼下の俺達に向けて巨大な暗黒の波動を解き放つ。黒い光は地面に落ちると同時に弾け、散弾となって俺達を襲った。
「くっ!!」
「きゃああぁぁっ!!」
為す術もなくデゼスのアガムを食らい、咄嗟に障壁法陣を展開した俺以外のみんなは地面に倒れ込んでしまった。俺自身、障壁の展開が遅れて僅かにもらった数発だけで闘志を削ぎ落とされてしまいそうな激痛を感じる。
くそ……形勢逆転だ。あと一息だってのに、このままじゃ……! 高笑いをするデゼスを見上げ、俺は歯を食いしばるしかない。
が、その時だった。
「みんなぁ! 頑張ってぇーーーーっっ!!」
「!? な、何だと……これは……天魔術の光!」
戦場を満たす少女の声と神々しい光を受け、デゼスは高笑いを止めて眼下を見下ろす。身を挺して盾となったティリスの陰には、光源となる一人の少女──セイラ・シルフィード。彼女の光は絶望を吹き晴らす希望の光となって傷付いた俺達を優しく包み込んだ。
「よっしゃ、痛みが消えた! サンキュー、セイラ! それとナイス援護防御だったぜ、ティリス!」
傷が癒えた俺達は勢い良く飛び起き、唖然とするデゼスにそれぞれの武器を向ける。今度こそ行ける……完璧なロールプレイに徹する今、俺達のパーティーは正直言って……無敵だ!
「さぁデゼスッ! 年貢の納め時だ、覚悟しろ!!」
剣を構え直し、言い放つ。しかし、それまで惚けた表情を見せていたデゼスはピクリと肩を震わせたかと思うと何故か静かに笑い出した。
「……覚悟? 何だそれは……俺に言っているのか? ……ククッ、フ、フフフフ、フハハハハハハッ!! バカな、笑える……本当に面白い。何だ? その勝ち誇ったようなツラは? クク、このまま終わるとでも思っているのか? ……甘いっ! 俺を誰だと思っている!? 冥王デゼスだぞ!? この冥界を統べる覇者! 絶望の具現者!! ……見せてやる……この俺の……“最強”と呼ばれる所以をなっ!!」
そう言ったデゼスは翼を消して地面に降り立つと、エレボスの骨鎌を大きく一回転させて前方にかざした。
「『暗晦を纏い出でたる闇の眷属、招かれざる深淵の化身。滂沱する絶望を束ね、其を契りし彼の地へ誘わん! 陰惨たる闇を孕みし暗黒の霊柩!! 召喚──“エレボス”ッッ!!』」
骨鎌に膨大なエクルオスを注ぎ込み、詠唱を終えると共に鎌を地に突き立てるデゼス。その鎌から流れ出る紫の光が地面を伝い巨大な魔法陣が象られ、そこから漆黒の光が立ち昇った。黒い光が辺りの空間を埋め尽くした時、魔法陣から巨大な存在が大地を揺るがし這い上がって来る。
三つの頭を持ち、肉も皮も持たない骨骸の四足獣……。地獄の番犬ケルベロスを彷彿させるその姿こそ、闇の幻獣エレボスの正体だった。
「う、嘘だろ……ここまできて……こんな化け物が出てくるなんて……」
「クハハハハハッ!! そうだ! その顔だ! 絶望しろ、もっとだ! 身の程を知れ! 己が無力を知れ! 死すら生温い極上の恐怖を貴様らに刻んでやる!!」
愕然とする俺とは対照的な笑みを浮かべて言うデゼス。ちくしょう……ここまでなのか? 後一歩だってのに……!
頭の隅をシャローシュカノンのロストスペルが掠めていく。もう二度と使ったりしないと、そう誓ったけど……でもここでこのまま全滅するくらいなら……一か八か。
俺はそう結論し、大きく息を吸い込んだ。頭の中の混沌に羅列された禁忌を、言霊に乗せるために……。




