絶望の母
酒場に用があるわけじゃなかったのか、俺達に続いてサキュバスの少女も店から出てきた。一触即発のところを収めてくれた礼を言おうと少女に近付いたが、
「あんた!! 何考えてんの!? 腕に自信があるのは分かるけどね、あんだけの数相手にこの子ら全員守り切れると思ってんの!? ちょっとは周りに気ぃ配りなよ!!」
少女は俺の胸倉を掴み上げると、いきなりそう怒鳴ってきた。全くの正論、申し開きの余地もない……。
「うぐっ……た、確かに……軽率すぎる行動でした、ゴメンなさい……あ、でもお陰で助かりました。ありがとうございます」
「お? 何だ、わりと素直じゃない。ま、分かればいいよ分かれば。あ、ちなみにあたしはテミスってゆーの。見ての通りのサキュバスよ。あんたは? ……あん、え? え、うそ……何で!? メイガスくん!?」
「あ~……ごめん、俺はメイガスじゃなくてね……」
昨日に引き続き、事情説明。まさか二日連続でメイガスの知り合いと会うなんて……。メイガスって冥界じゃ結構顔が広いのか?
「な、何だぁ弟かぁ。そう言えば双子の弟がいたとかって話を聞いたような聞かないような……にしてもホントそっくり! ……ドッキリじゃないよね?」
すぐには信じられないのか、テミスと名乗った少女は俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。う……紅い瞳が眩しい、そんなに見つめないでくれ。
「ま、まぁまぁとにかくドッキリでも何でもなく、俺はメイガスじゃなくてカエデって言います。で、こっちの子達が、」
と、俺がルナ達を紹介しようとしたその時、テミスは手を前にかざしてソレを阻止。
「ストーップ! そんないっぺんに紹介されても覚えられないよ」
あ~、それもそうか……。いや、そうだとしても待った掛けるの早すぎじゃないか? この子、そもそも俺以外の名前覚えるつもりないんじゃ……なんて事を考えていると、テミスは俺に一歩近付いてきて言った。
「ところでカエデくんらはどうして朝っぱらから酒場なんかに?」
「あぁ、実は……」
酒場では結局何の情報も得られなかったので、俺はテミスに冥界に来た目的を話した。
「ふーん……デゼスの魂がその子にねぇ。おっかしいなぁ、デゼスはこの前メイガスくんが確かに倒したのに。で? デゼスの体見つけてどうすんの? 壊すの?」
「いや……復活させる。そして、倒す」
「!? は? ちょっとあんた、なに真顔でんな事言ってんの! あのメイガスくんですら手を焼いた相手なのよ!? 無理! 絶対無理だから!!」
いきなり凄い剣幕になりテミスが捲くし立てた。するとリースが小さく頷いて言う。
「ですよねぇ」
「おいこらリース、何弱気になってんだ。無理でもやるの!」
「ははっ、はいッ! す、すみません、ちょっとお口が、ツルッと……」
わたわたとうろたえながら謝るリース。まぁ弱音を吐きたくなる気持ちも分かるけどさ……。と、その時テミスが腕組みをして言った。
「あんた達さ。どのくらい強いわけ? ひょっとしてメイガスくんと同じくらい?」
う、う~ん……どのくらいと聞かれてもな。力の証明か……ん? そうだ!
「メイガスは分からないけど、宝石眼の竜を倒すくらいかな。えーっと……ほら、赤宝眼。ミリーも黄宝眼の竜を倒したんだろ?」
俺がミリーにそう尋ねると、ミリーは懐から黄宝眼と青宝眼を取り出す。
「倒したは倒したけど……ニャハハ……その、あの時はちょっとハッタリかましただけで、実はウチ一人じゃなくてさ、ログと……知り合いと二人掛かりで倒したんだよ。あとコレ、前に盗んだヤツね」
そう言うとミリーは二つの宝石眼を俺に寄越してきた。するとテミスは目を丸くして、
「マ、マジ? つまり……黒宝眼はアイツだったから、うわ! あと四頭しか残ってないじゃない!」
と、叫んだ。黒宝眼はアイツ……? おいおい、まさか宝石眼の竜とも知り合いなのか? テミスって一体何者なんだ……俺は気になったのでその事についてテミスに尋ねてみた。するとテミスはポッと頬を赤らめて答える。
「へへへ……あたしってばこう見えて結構長生きなんだよ。メイガスくんとは一緒に旅もしたし……その旅の途中でぇ~……やん! 言えないってばぁ!」
何スか? 言えないって、旅の途中で一体何があったんスか!?
「ちなみに黒宝眼の竜だけど、ソイツは『ゼーランディア』って言ってメイガスくんの師匠ね。アイツに師事してからはメイガスくん、剣もアガムも超強くなっちゃってさ。あ~それとシャローシュカノン。アレ執筆してからはもう無敵だった。あたしにも一冊くれたし~」
「えっ? あのっ、シャローシュカノンくれたってどういう事? ひょっとして……」
テミスの話の中に出てきた一単語に耳聡く反応し、ぴょこんと手を上げて質問を投げ掛けるルナ。その質問には同じ魔典の持ち主であるコロナも興味を示して話の輪に加わる。興味深げな二人の視線にテミスはニヤリと邪悪な笑みを零し、肩に掛けていた布袋から一冊の本を取り出してみせた。
「フッフフ……じゃん! メイガスくんが後世に残した伝説の三魔典の一つ、“イザヤ”の書! 三冊の中でも一番高等な、ハイスペルの応用についてが記された魔導書よ」
「わぁぁ、こ、これがイザヤ……! 応用かぁ……まさか冥界にあったなんて。あ、実は私エゼキエル持ってるんですよ! あとあの子がエレミヤを」
「ウソッ!? 何であんたらが持ってんの!? ていうか、じゃあひょっとしてこの場にシャローシュカノンが全て揃ったって事?」
話が盛り上がって気持ちが高揚してきたのか、ルナとコロナとテミスは興奮した面持ちでそれぞれの魔導書を寄せ合う。
「あ、あの~お三方。その話はまた今度にして……今はデゼスの事を……」
「「あ。そうだった」」
やんわりと挟んだ俺の言葉に、ルナとコロナは同時に我に返る。ただ、テミスだけは少し困ったような顔になった。
「んん~~……それがデゼスの事はあたしの一存でどうこうってわけにいかないのよね。どうしても詳しく知りたいってんなら、あたしのお婆ちゃんに会ってくれない? 結構気難しい人なんだけど」
あまりお勧めはしないよ? とでも言うように眉間にシワを寄せて言うテミス。しかし、何の情報も持たない今の俺達には会う以外の選択肢はなかった。その事を告げるとテミスはやれやれと肩を竦めた後、俺達をお婆さんのいる場所まで案内してくれた。
だが……案内された場所は何と本日のスタート地点。もしや……。
「んん? お前さんら、まだこの町にいたのかい?」
俺達を見て目を丸くするお婆さん。まさかこの人がテミスのお婆さんだったとは……まぁ、同じサキュバスではあるけども。
「あれ? お婆ちゃん、この人達と知り合いだったの? じゃあ話が早いね。実はさ……」
自分の祖母と俺達がすでに面識を持っていた事に首を傾げるも、テミスはそれ以上は気にせずに事の成り行きを説明し始めた。
「……と、ゆーわけよ」
そうして話を締めくくるテミス。それまで難しい顔つきで話に耳を傾けていたテミスのお婆さんだったが、話が終わるとさらに厳しい表情になり言った。
「ほう……お前さんらの目的がそんなに大層なもんだったとはね……。それにしてもとんだ災難だったねぇ、ティリスって言ったかい? まさかデゼスに憑かれちまうなんて。ふぅ……実はねぇ、あたしゃあの化け物の……デゼスの母親なんだよ。ここから先の話はちぃと長くなるがね」
お婆さんはそう前置きして、過去の話──デゼスにまつわる話を静かに語り始めた……。




