俺式悪魔祓い ~カエデ VS ティリス~
──ガギィッ!!
「ちっ!」
ティリスが振り下ろした大鎌を剣の先で払い除け、バックステップで距離を取る。そうはさせまいと踏み込んでくるティリスの不敵な笑みを見て、俺の戦意は怒りと悲しみに揺れ動いた。
「そうだ! 戸惑え、逃げ惑え! 貴様の苦悩は手に取るように分かる……仲間に武器を向けられる不条理に煩悶するがいい!」
刃が内側を向いて湾曲しているため、長柄武器でありながら利点であるリーチの長さを殺してしまう……そんな実戦向きとは言い難い大鎌という武器を、ティリスは自在に使いこなしている。
攻撃は密着するほどの至近距離から繰り出され、巻き込むように背後から刃が迫って来るため、普通の回避は難しい。俺はなるべく接近を許さず、近付かれても鎌が背後を取る前に剣で弾いて再び距離を取るという動作を繰り返していた。
これが真っ当な勝負であれば、無防備に接近してくるティリスに突きでも喰らわせて試合終了だろう。しかし、ティリスは操られているだけ……彼女の体を傷つける事はできない。
「クハハハッ! どうした、反撃して見せろ! この肉体が使い物にならなくなったら出て行ってやるぞ? ハハハハッ!」
「黙れデゼス! それよりお前、ちゃんとエンハンスアガムを使え! ティリスは普通の女の子なんだ、そんなデタラメな動きをされちゃ体が壊れちまうだろーが!」
「くくくっ……少々傷つくくらいが丁度いいのだ。それが嫌ならさっさと俺を止めてみろ。ナイト気取りの青二才めが」
俺が必死にこの状況を打開する方法を考えている間にも、ティリスは容赦なく攻め立ててくる。
ちくしょう……何も閃かない。こんな時、俺はどうしたらいい? せっかく混沌を映す瞳を開眼させて強さを手に入れたってのに、この状況じゃ全く意味がない。世の中ってのは、どうしてこうもままならないのか……。
「ティリス! 目を覚ませ! デゼスなんかに負けるなぁッ!!」
「……ふっ……何だそれは。よもや、そんな声が届くと本気で思っているのではあるまいな?」
テンプレ通りの熱血主人公を演じてみても、やっぱり時間の無駄だった。乱暴に酷使されるティリスの体を一刻も早くデゼスから解放してやらないといけないのに、俺は何をやってるんだ。
ティリスの体を取り戻す方法だけど、実は一つだけ思い付いている。簡単な発想だ……さっきデゼスが言った事を、そのまま実践すればいい。
要するに、ティリスの肉体が使い物にならなくなるまで痛めつければいいって事。もしくは肉体への負担が限界に達するまで戦闘を長引かせるとか。
そうすれば、とりあえず急場をしのぐ事だけはできる。ティリスの体がボロボロになってデゼスの意識が引っ込んだ後で、セイラにアガムで回復してもらえば元通りだ。
だけど……本当にそれでいいのか? 後で回復してやるから今はボロボロになってくれって、それが男の言う事か? 守るって約束したくせに、そんな最低な方法でしか救ってやれないのか?
──そんなんで、いいわけねーだろ。
あるはずだ……最善の選択肢が。探せ……考えろ……ティリスを傷つけずにデゼスを追い出す方法を。もうこの際追い出すなんて贅沢は言わない。一時的に引っ込ませるだけでもいい。
たとえば、こんなのはどうだろう。中国武術の発勁みたいな感じで内部に直接ダメージを与えるとか……いや、駄目か。俺みたいな素人にできる技じゃないし、できたとしても内臓にダメージを与えるだけで精神にダメージを与えるなんて無理っぽい。
精神にダメージを与える方法なら……デゼスを罵倒するとか……いや、却下だな。子供じゃあるまいし、そんな馬鹿げた作戦が通用する相手じゃない。
駄目だ……デゼスを引っ込ませる方法なんて思い付かない。悔しいけど、完全に手詰まりだ……。人質を盾にされたこの状況、マンガとかラノベなら取って付けたように救世主が現れて主人公を助けてくれるんだろうけど、生憎ここは現実だ。そんな都合のいい設定なんてどこにもない。
キィンッ!
「しっ、しまった……!」
心が折れかけた時、緊張の糸まで切れかかってしまったようだ。ティリスはその隙を逃さず鎌を振り抜き、俺は無様にも剣を弾き飛ばされてしまう。
「ククク……いい表情だ。剣を失った今、貴様の悪足掻きもこれまでよ。ずいぶん手間取らせてくれたが次で終わりだ。我が鎌に抱かれて息絶えるがいい……!」
紫のエクルオスを纏った骨鎌を夜空に掲げ、そんな台詞を吐くティリス。絶望的としか言いようがないこの状況で……俺は希望を見出していた。
(鎌に抱かれて……息絶える……? カマに抱かれて……そうかっ!)
見つけたぜ……最善の選択肢! この方法なら、ティリスを傷つけずデゼスの精神にダメージを与えられる。しかも上手くいけばそのまま意識を引っ込ませる事もできるかもしれない!
「デゼス、敗れたり! カマに抱かれて死ぬのはお前の方だ!」
「なっ、何だと……? ふん、そんなハッタリが俺に通用するとでも? くだらん時間稼ぎをする暇があったら命乞いでもして見せろ」
「ハッタリかどうかは今に分かる。……行くぜっ!!」
俺は逃げるでも剣を拾いに行くでもなく、ティリスに向かって一直線に突進する。今までエビみたいにバックステップしかしてなかった俺がいきなり前進してくる事は、さすがに予想外だったようだな。俺は難なくティリスの懐に飛び込む事ができた。
その勢いを利用して、俺はティリスを地面に押し倒し馬乗りになる。手から鎌を取り上げて遠くに投げ捨て、手首を掴んで押さえ込む。これでティリスの自由は、完全に奪えたはずだ。
「う、くっ……動けぬ……! おのれぇ、こんな貧弱な器でなければ貴様ごときに……」
「へへ、どうやら腕力はこっちに分があるみたいだな。さぁ、観念しやがれ!」
「観念……だと? フハハッ、これで勝ったつもりとは片腹痛いわ! 俺の動きを封じて、その後どうする? 貴様に仲間を傷つける非情さがない事は知っている。このままこうしていても事態は好転せんぞ?」
仲間を傷つける非情さ? いらないね、そんなもの。俺は俺のやり方でティリスを救う。最も俺らしい、俺だけの発想でな!
「ティリスから出て行け、デゼス! さもないと……このままチューする!」
「…………は?」
「チューだよチュー! 口付け、接吻、キス!」
「はああぁぁあああぁあ~~~~っ!? 正気か、貴様ッ! 俺達は男同士だぞ!?」
「構うもんか! 中身が男でも体はティリスだ、むしろ望むところだぜ! もう我慢できねぇ、するからな!」
「やめろおおぉぉぉーーーーーッッ!!」
スパッと俺の拘束から腕を抜き、バシンと俺の口を手で押さえるティリス。
「本当にやめろ! なぜこの俺が貴様などと口付けを交わさねばならん!?」
涙目になってうろたえるティリスに、俺は押さえられている口をモゴモゴと動かして答える。
「可愛いからだ! 文句あるか!?」
「中身が男と知っていて、よくもこんな事を……!」
「言っただろ……オカマに抱かれて死ぬのはお前の方だってな! 俺はティリスにチューするんだからオカマじゃないけど、お前にしてみれば男色だもんな!」
俺はティリスの肩を掴み、全力で顔を近づけていく。
「や、やめろ……頼む、うぐぐ……ふぬっうぅぅ……!!」
「うぎぎ……ティリスの心を、返しやがれ……! じゃなきゃ……デゼス、このままお前の精神にダイレクトアタックするぜ……!」
もう、少し……あと数センチ……あと、数ミリぃぃぃ……!!
「うわっと!?」
がくん、とティリスの体から力が抜けたのを確認した瞬間、俺は超反射でギリギリ顔を逸らす。あ、でも間に合わなくてほっぺにチューしちゃった。
「はぁ、はぁ、はぁ……何とか、デゼスは引っ込んでくれたみたいだな……」
追い出すのは無理だったけど、作戦は成功だ。しかしデゼスの奴、もう少し根性見せてくれよな。あとちょっとでホントにキスできそうだったのに……。
「っと、冗談言ってる場合じゃなかった……よっと……!」
俺は気を失ったままのティリスを慎重に抱き上げると、そのままセイラが寝ている部屋へ足を運ぶのだった。
「あれ? お兄ちゃんどうしたの? あ、ひょっとしてこれがヨバイ?」
部屋から顔を出したセイラが開口一番にそう言った。俺はガクッとずっこけそうになりながら言い返す。
「よ、夜這い……ルナに教わったのか?」
「うん。“ヨバイに気をつけなきゃダメだよ”って」
「ぐむぅ……ルナめ……。でも残念ながらこれは夜這いじゃない。第一、女の子を抱きかかえて夜這いにくる奴は多分この世にはいないぞ」
俺がそう言うと、セイラは神妙な顔つきで、
「その抱えてる女の子って、ティリスさんだよね? 一体どうしたの?」
と尋ねてきた。当然の疑問だろうけど、俺は答えず首を横に振る。
「ごめんセイラ。今は何も聞かずにティリスを回復してやってくれないか? 体中の筋肉や骨が損傷してるはずなんだ」
「……うん、分かったよ」
素直に頷くセイラに、俺は部屋の中へと通される。ティリスをベッドに寝かせると、早速アガムによる治療が始まった。
「ありがとな、セイラ。詳しい事は明日の朝、みんなの前で話すから」
「気にしないでいいよ。ティリスさんの事はボクに任せて、お兄ちゃんはもう休んで。すごく疲れた顔してるよ?」
……はぁ……やっぱセイラには分かっちゃうか。デゼスに乗っ取られたティリスはそれほど強くなかったけど、今まで経験してきたどの戦闘よりも精神的に疲れた。セイラの言う通り、早く部屋に戻って休んだ方がいいな……。
──ソーマヴェセルと骨鎌を回収して自分の部屋に戻った俺は、疲労しているにもかかわらず中々寝つけずにいた。何度も寝返りを打っては、俺はデゼスの言った言葉を思い出していた。
『いつか娘の精神を殺して肉体を完全に掌握し、冥界へと赴き自分の器に戻る』……か。
デゼスは、自分の本当の体に戻りたがっている。つまり、デゼスが本来の肉体を取り戻したなら、ティリスはデゼスの魂から解放されるのだろう。それが成就しない限り、ティリスの精神はデゼスによって蹂躙され続け、最悪の場合は……精神が摩耗し、死に至る。
大切な存在を次々と失っていくティリス。その度に弱っていくティリスの精神。もう、残された時間は多くない。ティリスの精神が崩壊するよりも早く、デゼスの魂から解き放つには……──。
この旅がこんなにも大きくなるなんて、誰が予想しただろう。
明日……全てを決断する瞬間は、刻一刻と近付いてきている。
たとえ、どんな選択肢を選んだとしても、俺は後悔しない。
全ての結末は、俺自身が選び取る道の先にあるのだから──。
第八章、完。次章からアポカリプス捜索を一時離れ、新展開へと移行していきます。お楽しみに!
そして今回、皆様にお願いがあります。作品に関するお知らせではないので後書きに書いてしまってもいいものか悩みましたが、これ程まで注目される作品を手掛ける事は今後二度とないかもしれないので、書かせて下さい。
皆様には、この作品に“評価を付けて頂きたい”のです。この作品の文章はあなたから見て上手いのか、下手なのか。ストーリー展開やキャラの言動に整合性があるか否か。後学の為に、僕はそれがどうしても知りたいのです。
特に詳しく知りたいのは、文章の方。たとえば文章が幼稚すぎて読んでいてイライラするとか、逆に難しすぎて読んでいて疲れる、内容が頭に入らないなど、お手数でなければ是非教えてほしいです。それが分かれば、今後の作品作りがより良いものになっていくと思います。
当然ながら、このお願いは強制ではありません。読んで頂いている立場でありながら、このようなお願いをするのは大変おこがましい事と存じますが、ご協力頂ければ幸いです。




