命を預かる者として
その後の俺達の行動は、当初の予定通りラグオス大陸に行く事に決まった。途中、ベイラム大陸に立ち寄ってラハーサ村にリースを送り届けた後、ディゴンド大陸を経由してラグオスへ向かうというルートを取る事になっている。
ラハーサ村へ向かう船の上、例によって甲板で船酔い防止のために遠くを見つめていた俺に、リースが話しかけてきた。
「……あっ……ああのっ! か、カエデさん!」
俺に話しかけるのに、そこまで勇気がいるものなのか? 可能な限り優しい表情を作って返事をすると、リースは落ち着かない様子で目を泳がせながら続けた。
「そのぉ……ハーピーの時、私が~~、あぅ、その……だから……“俺も同じだから”って言ってました、よね?」
何を緊張しているのか、まとまりのない言葉で話すリース。まぁ、言いたい事は理解できるけど。
「あぁ、あれね。確かにそう言ったけど」
それがどうした? という風に問い返す俺に、
「えっと……あの時の“同じ”って、どう同じなんですか? カエデさんは私の目から見ると、全然同じじゃないンですけど……何かこう、えと……堂々としてる……自身に満ち溢れている……そんな風に見えるんです。私とはむしろ、逆なんじゃ……?」
一言一言確かめるように、ゆっくりと言うリース。俺は軽く頷いて答える。
「ふむふむ。あの時の“同じ”っていうのは、今の俺じゃなくて……地球にいた頃の俺に似てるって意味なんだよ。俺はこの世界……グランスフィアに来て、大分変わったと自分でも思ってる。まず自分に自信が持てるようになった。それのお陰で自分の意見をはっきり主張できるようになった。それから、後悔しないような決断ができるようになった。……夢にまで見た理想の異世界に来れたのに、後悔ばかりしてられない。だから俺は自分の意思で思うままに生きると決めた。そして、それに付き合ってくれる仲間達がいる。みんな俺がこの世界で見つけ、出会った掛け替えのない仲間だよ。もちろん……リースもね」
言ってから、俺は気恥ずかしさに鳥肌が立った。最後の台詞はちょっとキザだったよな。
しかしリースは俺の言葉に素直に感動したみたいで、瞳を輝かせて聞いていた。
「ま、まぁ偉そうなこと言うつもりはないけど、リースも自分に自信持った方がいいって事。リースにはその資格があると思う。俺が変われたんだからリースだって変われるはずだ。別に今すぐじゃなくたって、ゆっくり、少しずつ自信を付けていけばいい。俺も協力するから」
「カエデさん……」
リースは一度目を伏せ、一呼吸置いてから俺をまっすぐに見据えて言う。
「私……今までずっと、周りに流されるように生きてきたんです。自分の意思も持たずに、ただ意味もなく流されている自分が、どうしようもなく許せなかった。そんな自分が本当に嫌で……いつからか、過去を振り返る事しかできなくなってました。過去の自分を責め続けていなければ、今の自分が許せなくなってしまうから……。それからです。私が、後悔という名の森に迷い込んだのは。私は心の中に生い茂ったその森を、ずっとずっと、一人でさまよい続けていました。でも……暗い森に、一筋の光が差したんです。歩き疲れた私を優しく包み込んでくれる光。それが……」
リースはそこで言葉を一旦区切り、その瞳に決意を宿して続ける。
「それが、あなたです。後悔の森に迷い込んだ私に、あなたはくれたンです。森の出口を指し示す光と、そこに歩いて行ける勇気を……」
そこまで言って、リースは俺の手を取る。俺もリースから目をそらさず、その想いを受け止めるように手を握り返す。
「カエデさん。私、足手まといにはなりません。もしよければ、私もあなたの旅に同行させてくれませんか? お願いします!」
「そんなの、もちろんオーケーに決まってる。こっちからお願いしようと思ってたところだよ」
リースの思いがけない申し出を、俺は心の底から歓迎した。これでリースが正式に俺達のパーティーに加わったってわけだ。新たな仲間は、実に頼もしい天才弓士……心強い限りじゃないか。しかも美少女。俺的にはそこが一番のポイントだったりして……。
──そんなこんなでベイラム大陸。ラハーサ村に戻った俺達は、結果の報告とお礼のためにレザイアさんの自宅へと向かう。レザイアさんは、初めて会った時と変わらない笑顔で俺達を出迎えてくれた。
「よく無事に戻ったな、リース。……カエデ殿、リースはお役に立ったかな?」
丸テーブルを囲んで座ると、レザイアさんは早速リースの活躍ぶりを聞いてきた。
「そりゃあもう、大活躍でしたよ。そうでなきゃ、無事には帰って来れなかったかも……。お陰さまでエゼキエルも無事に取り戻す事ができましたし、本当にどうもありがとうございました」
そう言って頭を下げる俺に続いて、ルナ、セイラ、ティリスも頭を下げた。
「いやいや、礼ならリースに言ってやればよい。この老いぼれは何もしてはおらんのでな」
レザイアさんが微笑んでそう返してくると、リースは顔を赤く染めて手を振った。
「そそ、そんな、私だって特に何も……そ、それより、師範……」
リースは真剣な眼差しでレザイアさんを呼び、それでレザイアさんも何かを感じ取ったのだろう、真剣な眼差しになってリースの言葉を待つ。
「私、しばらく道場をお休みします。私、カエデさんについていく事にしたンです」
リースの予想外な言葉にレザイアさんは目を丸くする。そして、次に俺の顔を見てきた。俺は黙って頷き返す。レザイアさんはそれを見るとしばらく目を瞑ってあごヒゲを撫で、ほどなくして口を開く。
「そうか……驚いたよ。まさかお前がそんな事を言い出すとは……よほど今回の旅で得るものがあったと見える。ならばワシに、それを阻む理由はない」
レザイアさんは言い終えると同時に席を立ち、棚の上に置いてあった大きな箱に手を伸ばした。俺はそれを下ろすのを手伝って、テーブルに置く。箱の中身はさらに布を巻かれて保管され、レザイアさんがその布を丁寧に取り去ると、とても美しい銀色の弓が姿を現した。それを手に取ったレザイアさんは懐かしそうな目で見つめながらこう言った。
「この弓はな……ワシが現役の頃に使っていた弓じゃ。名を『星堕弓メテオトリガー』という。神々が星空を切り取って作ったと言われている伝説の弓じゃ。これを……お前に譲ろう」
「え? えええッ!? いい、い、いいンですかっ!? そんなスゴイものを……!?」
「うむ、受け取るがいい。ただし、こいつはとんだじゃじゃ馬でのぅ、使いこなすのは難しいぞ?」
「ええ~~ッ!? う~……ま、まぁ、何とかやってみますぅぅ~~……でも、ありがとうございます! 師範!」
扱いが難しいと聞いて一瞬自信のなさそうな顔をしたリースだったが、すぐに気を取り直して弓を受け取る。性格なんてそんな簡単には変えられないだろうけど、それでも変わろうとする姿勢が大事だ。リースもこの調子で前向きになっていければいいな。
その後リースは、両親にも旅に出るという話をするために自宅へ戻っていった。俺達はと言うと、レザイアさんの計らいでその日は道場に宿泊させてもらえる事に。しかも夜はラハーサ村の住民が総出で準備したリースの送別会兼激励会が行われ、俺達もそれに参加して大いに盛り上がるのだった。
──送別会もお開きとなり、深夜。
「……お前ら……これは一体、何の真似だ?」
いよいよ眠ろうかというところで、俺は道場を訪れた数人の男達に呼び出された。道場内の医務室を借りて眠るルナ達を起こさないように、今は道場の外に出ている。
「カエデとか言ったな。何でお前みたいな軟弱者がリースさんのハートを射止められたのか……それをこれから聞かせてもらう。その体に直接な」
女の子が夜這いでもしてきたんなら歓迎だけど、野郎どもの夜襲ならノーサンキューだ。それでも、俺を取り囲む男達は瞳の中に炎を燃やしてこっちを睨みつけている。俺が安眠を得るためには、こいつらを納得させる以外になさそうだ。
「うおぉぉーーっ! リースさんを返せぇぇぇっ!!」
そんな台詞を吐きながら、男達が一斉に襲い掛かってくる。その全員が普段から道場で鍛えている猛者達だ、普通なら勝ち目はない。そう……普通なら、な。
「ぐえっ!?」
「はぶッ!?」
「ぬわー!?」
それぞれの悲鳴を上げて、男達は吹っ飛んだ。何の事はない、俺はただ攻撃範囲に入った奴から順番に殴り飛ばしてやっただけだ。本当に申し訳ないけど、相手にならない。それほどに格が違った。
「ぐ……ッ。お、お前……見掛けによらずやるな……リースさんが認めるわけだ」
「お前になら、リースさんを……任せられる。だが……」
「リースさんにもしもの事があったら……ただじゃ済まさないぜ……!」
男達はそんな捨て台詞と共に、互いを支え合いながら俺の前から去っていった。
「……あいつら……リースのファンか何かか? でも……リースにもしもの事があったら……か」
静まり返る夜空に溶かす呟きに、俺は目を閉じる。
そうだ。もしもの事なんて、絶対にあっちゃいけない。だから俺は、もっともっと強くなる。そして……みんなを守る。
「責任重大……だな」
震え出しそうになる足に力を込めて、俺は道場へと戻り眠りにつくのだった──。
第七章、完。次章はついにミリーとの最終決戦です。お楽しみに!




