変革の矢 ~カエデ VS ハーピー~
先陣を切って茂みから飛び出す。その音でハーピーもこちらの存在に気付いたようだが、もう遅い。油断していたんだろう、一瞬反応が遅れた間抜けな一羽に狙いを定め、俺は渾身の力で斬り付けた。血飛沫の代わりに、魔物特有である紫の霧を噴き上げてハーピーの右脚が宙を舞う。
「よっしゃぁ! まず一体ッ!」
右脚を失った痛みにもがくそいつの首を、俺は気合と共に斬り飛ばす!
敵はあと二羽。だが、一羽に奇襲を掛けている間に残りの二羽は空高く飛んで逃げてしまった。こうなると倒すのは至難。俺はみんなに一羽を集中攻撃するように言って、木々の間を三角飛びで駆け上がっていき上空のハーピーに斬りかかった。だが、やはりそんなやり方では相手に攻撃を読まれてしまい剣はかすりもしない。それでも、収穫はあった。
「こいつ……リピオがケガさせた奴だ! みんな、こいつを狙え!」
残った二羽の内、こいつはわずかに動きが鈍い。リピオにやられた傷が完治していない証拠だ。俺の号令を受け、みんなが手負いのハーピーに集中攻撃を開始する。
「やあぁぁーーっ!!」
セイラは背中の片翼をジャンプと同時に力強くはばたかせ、俺以上の大ジャンプをしてハーピーに向かっていく。しかし片翼のためか若干狙いが逸れ、ハーピーに反撃の回し蹴りを喰らって撃墜されてしまう。
俺は落下地点に素早く駆け込み、何とかセイラを受け止める事ができた。
「セイラ、大丈夫か!?」
「う、うん……大丈夫だよ。ありがとぉ、お兄ちゃん」
そうは言ったものの、蹴られた二の腕を押さえて顔をしかめるセイラ。俺はセイラに労いの言葉を掛け、ゆっくりと地面に下ろした。それと同時に、上空でハーピーの悲鳴が上がる。見ると、ハーピーの肩にティリスのダガーが深々と突き刺さっていた。セイラに対して反撃に転じた隙を突き、ティリスが投げつけたのだろう。肩の痛みに動きを止めたハーピーは高度を落とし、そこへ今度はリピオの突進がめり込む。鋭い爪で翼を引き裂かれ、そのまま地面に激突するハーピー。示し合わせたかのようにそこで待機していたルナが、
「えぇ~~いっ!」
アルヴィスを心臓に突き刺し、その魔怪鳥に引導を渡した。よし、あと一羽だ。
だが残る一羽は五体満足な上、油断も隙も全く見せないため、地面を飛び跳ねるしか能のない俺達にはどうする事もできなかった。
「リース! 出番だぞ、頼む!」
俺は振り向いてそう叫んだが、当のリースは弓を構えようともせず涙目で返してくる。
「むむむ無理ですよぅっ、あれ、一番元気じゃないですかぁ!」
「だから頼んでるんだよ! 俺達じゃ手に負えない……うわっと!?」
翼を振るったハーピーから、ナイフのように鋭い羽が降り注いでくる。俺はそれを剣で弾きながらリースを説得しようと試みるが、それでもリースは応じてくれなかった。その間にも俺達はじりじりと追い込まれていく。
「リースッ! 別にはずしたって構わないんだ、やるだけやってみてくれよっ!」
「ででで、でもぉっ……」
まごついて首を横に振りながら言うリース。その時、急にハーピーが猛スピードで上空に舞い上がっていった。
「な、何だあいつ……まさか、逃げた!?」
驚いた俺は、ハーピーが消えた空に目を凝らす。すると一瞬青白い閃光が見え、俺はその光の正体に逸早く気付いた。
「みんなっ! よけろぉぉーーッッ!!」
そう叫んだ瞬間、俺達の周囲にいくつもの稲妻が突き刺さる。それは、間違いなくアガムだった。魔の森にはレティアが存在しないからアガムが使えない……そう思い込んでいた俺は、敵のアガムに全く注意を払っていなかった。恐らく……魔の森の上空にはレティアがある。あのハーピーはそれを知っていたから、空高く舞い上がったのだろう。
とにかくここに突っ立ってたらマズイ。木の陰まで走って雷をやり過ごそうと周囲を見回した俺は、視界の隅に映った光景を見て大急ぎで駆け出した。その場にうずくまったまま動けなくなっていたリースに、雷が落とされようとしていたからだ。リースを突き飛ばした次の瞬間、俺の体を雷のアガムが貫き、何かが焼けるような臭いと激痛が俺を襲った。
「っ!? カエデさんっ!!」
リースの叫ぶ声がする。よかった……リースは無事だったんだな。
「ぅ……ぐ……り、リース……大、丈夫……か?」
「私は大丈夫ですっ、で、でも、カエデさんが……どうして、こんな……!」
倒れた俺の手を握って言うリース。その目には涙が浮かび、声も震えている。
「守るって……約束しただろ? ……盾、に、なるぐらい……どうって事ないって……はは……」
痛みに言葉を詰まらせながら俺が言うと、リースの頬を涙が伝って落ちた。
俺は何とか呼吸を整え、語りかけるように呟く。
「リースってさ……本番に弱いタイプ、だろ?」
「へぇっ? ……は、はい」
「第一希望より先に……第二希望が頭に思い浮かぶだろ……?」
「えぇと……はいぃ」
「それで後になって、後悔する事が多い……だろ?」
「……な、何で分かるんですか?」
リースは涙を拭うと不思議そうに問いかけてきた。俺はその問いに微笑んで答える。
「そりゃ……俺も同じだからだよ」
「! ……同、じ……?」
俺の返答にリースは目を見開き、そう呟く。俺は頷く代わりに目を閉じて続ける。
「俺もずっと自分に自信が持てなくて……何やっても平凡で……そんな自分が別に嫌いってわけでもないのが一番嫌で。でも、心の中では変わりたいって思っててさ。何の努力もしてないくせに、虫のいい話だよ。でも、俺は運がよかった。この世界で、変われるきっかけを掴んだんだ。で、リースも運がいい。レザイアさんが言ってたよ、リースには才能があるって。あとはリースが変わりたいって思うだけで、もう条件は揃う」
俺は、空を指差す。そこには勝ち誇ったようにゆっくりと降下してくるハーピーの姿。
「見ろよリース。そこに……いい的があるぜ? 練習のつもりで引いてみろよ……きっと、うまくいく」
するとリースは握っていた俺の手をわずかに強く握り返してから、静かに立ち上がって弓を構えた。
「動く的なんて道場にはないですけど、アレは大きいので……すっごく簡単そうですねぇ」
リースはそう呟きながら弓手を高く上げ、矢尻を標的に固定する。ハーピーの目も、その姿を捉えたらしい。怒り狂ったような奇声を発して、もの凄いスピードでリースに急降下してきた。
だが、その刹那。魔の森にハーピーの断末魔が響き渡る。
──本当に一瞬で、全ての決着がついた。猛スピードで突っ込んでくるハーピーの眉間を、寸分違わず矢で射抜いたのだ。それはもはや芸術……いや、神業の域だった。
「やったな! すごいぞリース!」
俺は体の痛みも忘れて、ハーピーの亡骸を呆然と見つめているリースの肩を叩いた。だがリースはうわの空で、返事も曖昧だ。多分、今起こった出来事にリース自身驚いてるんだろうな。……まぁ、無理もないか。
「リース。これはリース自身の力で起こした事なんだよ。いや、リースだからこそ起こせた事だ」
「……私だから……ですか?」
リースの肩に手を置いたまま囁くように言うと、リースは我に返って振り向いた。俺は頷いて言葉を続ける。
「あぁ。リースじゃなきゃ、ハーピーは倒せなかった。リースが力を貸してくれたから、こうしてエゼキエルも取り戻せた。他の誰でもない、リースだったから倒せたんだ。俺達が必要とする力を、リースは持っていた。そして、その力を振るえる意思を……リースはちゃんと持っていたんだ」
「そ、そんな……ああの、私……役に立てたと思っても……いいンでしょうか?」
「そんなの当たり前だろ? リースは自分に自信を持っていい。自分で思ってる以上に、リースはずっとすごいんだからさ」
「えぇっ? そ、あんまり褒めないで下さいぃ、照れるじゃないですかぁ~~」
リースは真っ赤になって人差し指を胸の前で突き合わせている。その仕草がすごく可愛くてしばらく眺めていると、突然ルナが口を尖らせて言う。
「ちょっとカエデってば、私達だって頑張ったんだよ? なのにリースちゃんばっかり褒めちゃってさぁ……」
「ん? 何だ、ルナ達も褒めてほしいのか? よし、ナデナデナデ……」
俺はそう言うとみんなの頭を順番に撫でていった。
「ちちちちょっと! 誰も撫でてほしいなんて言ってないでしょ!?」
「わぁ~い、お兄ちゃんに褒められちゃったぁ!」
「……クゥ~~ン……!」
「え……わ、私もですか……?」
ルナ、セイラ、リピオ、ティリス、それぞれ反応が違ったので面白かった。
「さて、と……じゃあ、そろそろ行くか!」
エゼキエルを無事に取り戻した今、いつまでも魔の森にとどまる必要はない。話も休憩も一段落したので、俺達は早々に森の出口へと向かったのだった。だが……ハーピー達との戦闘がまだ続いているという事は、この時の俺達は一人として気付いていなかった──。




