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俺式異世界冒険譚!  作者: 明智 烏兎
第四章 ~西風の盗賊団~
22/80

お兄ちゃんはロリコンですか?

 ──チリン、と。

 鈴が奏でる、軽く静かな音色がした後。俺は頬にざらっとした生温かい感触を感じ目を覚ました。

 視界を埋め尽くす宿屋の天井。そこに、ぬぅっとリピオの顔が割り込んでくる。


「ん……? おぉ、おはようリピオ」


 もう起きたというのにリピオは俺の顔をいつまでも舐め続け、尻尾を振り回している。ふと気づけば習慣と化している、朝のこの光景。それは、セイラという新たな仲間を加えてからも変わらない。


 自惚れた勘違いじゃなければ、リピオはもうかなり俺に懐いてくれていると思う。主であるルナに対するものと、そう大差ないほどに。最近では毎日のように、暇さえあれば擦り寄ってきて遊ぼうと催促してくるくらいだ。


 リピオは人語を解し、感情の豊かさも人となんら変わりはない。元々犬好きな俺としても、リピオは単なるペットだとかそんなのじゃなくて。

 気の許せる友達……そんな存在だと思う。


 一人そんな事を考えていると、リピオが何やら妙な事をしているのに気が付いた。

 ごろごろと床を転がったり、跳ね回ったりしている。

 一瞬、背中でもかゆいのかと思ったけど、すぐに察した。リピオは首輪に付いた鈴を鳴らしてるんだ。


 昨日、セイラと馬モドキを仲間に迎えた後。

 ルナが“ミュー”(鳴き声から命名)と名付けた謎生物の鞍や手綱、エサを購入するついでに、俺はリピオに茶色の首輪と赤いリボン、そして大きな金色の鈴をプレゼントした。元々付けていたものが、宝石眼の竜との戦いでボロボロになっていたからだ。


 リピオ本人(本犬?)も異様に喜んでくれたし、こっちもプレゼントした甲斐があったってもんだ。リピオにできるオシャレなんて首輪やリボンくらいなワケだしな。アガムキメラといえど、リピオも女の子だ。少しくらい装飾に気を遣ってもバチは当たらないだろう。

 ……と、昨日実際にそう言ったら、「見境無し」とルナにヒドい事言われた挙句、白い目で見られてしまったのだが……。


 ──コン、コン。


 と、気分が沈みかけていたところで唐突に扉がノックされた。俺は気だるく返事をしながら、扉を開ける。


「よかった起きてた! おはよぉ! おにぃ……あ、カエデさんっ」


 朝からやたらとハイテンションなセイラが、元気よく挨拶する。俺も挨拶を返すと、セイラを部屋に招き入れた。


「昨晩はよく眠れた? ルナのいびきがうるさいとか、そういうのは遠慮なく言っていいからね」


 そう言って、俺はベッドに腰掛ける。リピオが足元にやってきて、寝転がった。


「大丈夫。ルナちゃん寝相良かったよ~。逆にボクが迷惑になってないか心配かも……」


 俺の言葉にセイラは朗らかな笑みで答え、俺の右隣に座った。その拍子に、セイラの翼が俺の肩に触れる。


「あ……ちょっといい?」


 一応一言断って、ただし返事は待たずに俺はその翼にそっと手を触れてみた。

 フワフワと心地良い手触りの純白の翼には、やはりというか温もりがあった。だが羽に触れられる事に抵抗があるのか、セイラは時折わずかな吐息を漏らし切なそうに身をよじった。


「んっ……は、ぅく……ぁ……あっ、ぅん……」


 華奢な肩が、身体が、小刻みに震えている。


「!」


 俺はハッとなって手を引っ込める。……馬鹿か、俺は。


 ──温かい、翼。血が通っている、セイラの翼。

 その片側が無いという事はつまり、俺にしてみれば片腕が欠けているのと同じ事。計り知れない肉体的苦痛に加え、最愛の兄との離別という精神的苦痛が、セイラの過去にはある──。


 『他人に翼を触れられる事』に対するトラウマがあったって、それは不思議でも何でもないはずだ。


「ごめん、セイラ。俺の気遣いが足りないばっかりに、辛い思いを」

「ッ~~はふぅ……え? な、何のこと?」


 大きくゆっくりと息を吐き、セイラが揺れる瞳で上目遣いに俺を見て言う。俺に心配をかけまいと、逆に気遣ってくれているのか。何て優しい子なんだ。


「いや……気安く翼に触ったりしてさ。本当に悪かった」

「あ! あ……う、うん! こっちこそ、ゴメンね。ボク……人に羽を触られると何だか、そのぉ……へ、ヘンな気持ちになっちゃう……から……」


 セイラが、ポっと頬を赤く染めて言う。


 …………はて? ヘンな気持ち……ですか?

 それは……どんな気持ち? っていうか……いやまぁ、何となく想像はつくというか。じゃ、じゃあさっきのちょっと色っぽかった吐息とか微妙に艶のあった喘ぎ声とか切なげな身悶えとかそういうのはつまりそういう意味合いを持っていた事になるわけで全ては俺の勘違いでしたと……? いやいやそうじゃなくて、俺ってば今、セイラに対してセクハラ行為をしてたって事か……!?


「あっ!? ああ!! そうねそれね、いや! ごめん!! 何て言うか、とにかくごめん!!」


 先程までの「ごめん」とは多分にニュアンスの違う「ごめん」で謝罪する。だがセイラは謝られる事さえ恥ずかしいと言うように一段と赤くなってしまった。


「はうぅ~……あのぉ、お兄ちゃんは……かっ、カエデさん達は、何で旅をしてるの?」


 場の空気を変えるためか、お互い混乱したこの状況では起死回生とも言うべき話題転換を行うセイラ。この一言で俺は一気に平静に戻る。そういえば、セイラの旅の理由は聞くだけ聞いておいてこちらの事情は詳しく話してなかったっけ。


「昨夜、酒場や闇市で俺達が言ってた事、覚えてる? 『アポカリプス』って」

「えぇ~と……多分……?」


 視線を泳がせ、曖昧に答えるセイラ。この様子だとおそらく覚えていないだろう。


 ──昨日はセイラとの出会いやミューの購入等、予定外な出来事が多々あったものの、俺達は当初の計画通りに酒場やブラックマーケットで聞き込みをして回った。


 闇商人達の嗅覚というものはすごいもので、アポカリプスの名を伏せるのが馬鹿馬鹿しいと思えるほどに“裏”の事情に敏感だった。おそらく俺達がガイルロードを訪れた時点で、情報屋や闇商人といった裏の人間から監視・盗聴されていたのだろう。……まぁ、街ではかなり注目を浴びてたしな。

 セイラに自己紹介をした時に聞かれたと思われる、ルーラントの名。曰くありげな剣を探す行動。裏社会に生きる事情通は、これらの情報を統合して一つ仮説を立てた。


 ──メイガスの遺産として名高い『降魔剣アポカリプス』が盗難に遭った──と。


 しかし、そんな彼らですらアポカリプスの所在を知る者は一人としていなかったのだが。


「セイラは山奥に住むフェルマスだから知ってるか分からないけど、実はルナはかなり名の知れた名家のお嬢様なんだよ。その屋敷の家宝『降魔剣アポカリプス』が最近何者かに盗み出されたんだ」


 このような冒頭で始まり、俺は出来るだけ詳しく解り易く、俺達の旅の目的をセイラに話した。その際、俺が異世界の人間である事も話す事になったが、セイラはただ純粋に驚いて疑うような素振りは全く見せなかった。……それが、ちょっとだけ嬉しかった。


「むー……? 分かったような……そうでないような……要するに、ボクはお兄ちゃんを、カエデさん達はポカリス、えっと……」

「アポカリプス」

「そうそう、アポカリプスを探してるんだね」


 自信無さ気に呟くセイラだったが、要点としてはそれで問題ないだろう。俺は満足げに頷いて見せた。


「でも、ちょっとビックリしちゃった。おにぃ……カエデさんも、今はお兄さんと離れ離れなんだね」


 ほう、と感慨深げにため息をつき、セイラが言う。

 俺がそうであるように、似た境遇の俺にセイラも親近感を抱いたのかもしれない。


「ん、そうだ! 傷を舐め合う……とは言わないけどさ、セイラさえ良ければお兄さんが見つかるまでの間、俺が兄代わりになってもいいぞ」


 せっかく抱いてくれた親近感を破壊しかねない発言かとも思ったが、つい冗談が出てしまった。しかし、言ってから後悔しかけた俺の耳に入った言葉は、予想外なものだった。


「ほ、ほ、ホントに!? やったぁ! じゃあこれからお兄ちゃんって呼んでいい!?」


 いや……正直にいうと、予想の範疇ではあった。あぁ……これをルナが聞いたらどんな顔をするだろう……。きっと、いつの間にか開いている扉の向こうからこちらを覗いているあの女の子ような、鬼の形相をする事だろう。


 ──って……あれ? あの鬼の形相の方は……もしや……。


「……ロ・リ・コ・ンッ!!」

「いや、待て! ルナとセイラは同じ十六歳なんだから、ロリコンって事はないだろ? ただちょっとセイラの方が妹キャラっぽいってだけで……」

「問答無用ーーーーッッ!!」


 ──ここが死に場所というのも、悪くはない。俺は、そう思うことにした……。

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