53 耳にかけたら音が大きく聞こえるって、魔法みたいですよね。
最後の方がちょっとしんみりしてしまいました。
アールさんに道を聞いて、クレスさんとグリちゃんとミーソを作っている村に行く事にした。
グリちゃんはいつもよりのんびりと走っている。顔に当たる風が柔らかい。もうすぐ夏が来るんだなぁ。
ミーソを作っている村は、アールさんの故郷の村から馬車で三日ほど走った場所なのだそうだ。グリちゃんの足なら二日で行けるだろうってクレスさんは予測している。この軽い感じの走り方でも、馬車よりも全然早い。グリちゃんって本当に凄いなぁ。
一日目の野営。クレスさんとたき火代わりの魔道具を挟んでご飯を食べて、明日の予定を確認していた。
クレスさんは、アールさんが描いてくれた簡易的な地図を片手に持って、軽く頷く。
「この調子だと、明日の夕方には村に着くだろう。」
「夕方にミーソを見せて下さいって言っても迷惑になりそうですね……。明日は着いたらそのまま近くで野営して、次の日に見せて貰う感じで良いですか?」
「その方が良いだろうな。」
「はい。グリちゃん、明日もよろしくね!」
「クエッ!」
「……なぁ、チカ。その……。」
「はい?」
クレスさんが言い淀むなんて珍しい。目もなんだか泳いでいる気がする。何だろう?
「商人に渡していた箱なんだが……俺にも貰えないだろうか?」
「スキルの箱ですか?」
「ああ。」
クレスさんの目が、さっき見ていた方向と反対に泳いで行った。
「俺は一人で依頼を受けることが多いし、魔物を狩ることも多い。肉がよく余るんだ。グリフォンにやっても食べきらないし、そのまま捨ててしまう事がよくある。その肉をチカに渡せるだろう。」
「クレスが狩ったお肉を売ってくれるんですか?」
「ああ。店で買うよりも安くしよう。どうだ?」
そんな美味しい話、良いのだろうか?
「私にとってはお得しか無いです!是非お願いします!」
「そうか。」
とてもホッとしたような顔のクレスさん。断られると思っていたのかな?
んー。確かに、変な人にスキルのことを知られると怖いから、この仕入方法は広めたくはない。でも、クレスさんならそういう事もわかっててちゃんと内緒にしてくれるだろうし、そんなに心配していなかったんだけれど……。他に何か理由があったのかな?
私はスキルの仕入設定に、クレスさんを追加した。足元に出てきた折りコンは、濃紺色。クレスさんの髪と一緒の色だね。安直だね!
「これがクレスの分です。アールさんのと一緒で、畳むと小さくなりますし、蓋の裏には文字が書けるようになっていますから、良いお肉があったらこれで教えてください。」
「わかった。」
いやーありがたいなぁ。コッメに、ショーユに、たまにお魚に、まだ見ぬミーソ。それにお肉も仕入れられるようになった。
まずは冒険者ギルドの前でお弁当の販売から始めるから、だいぶスロースタートだとは思うけれど、着実に進んでいる気がする。
お店だすぞーーー!そして稼ぐぞーーー!
スキルで持っていかれる金額よりもいっぱい稼ぐんだ!スキルに負けるな!私!
下手するとスキルに持っていかれるお金の方が多くなりそうなんだよね……。商売をするスキルなのにちょっと失敗すれば金食い虫状態……なんてシビア。でも、普通にお店を出しても、失敗したら借金まみれになるか……同じようなもの……なのかなぁ?
ミーソの村はとても静かな場所だった。ミーソの村とか言ったら村の名前みたいになっちゃうや……。
村の近くで野営して、朝の忙しい時間帯を過ぎてから、村に入りミーソを見せて貰う交渉をする事にした。一応、アールさんの紹介状らしき手紙も貰ってきている。
「すみませーん!」
「あぁ〜?」
「ミーソを見せてもらいたいんですけれども。」
「あんだって〜?」
「ミーソ!見せてくださいーー!」
「あぁ〜?」
なんという事だろう……この村の人は、ほとんどがご高齢の方だった。みんな耳が悪すぎて、全然話にならない!
「静かだったのって、どうせ話しても聞こえないからって事?!」
なんとか……めっちゃ声を張り上げてミーソ、見せて、だけは伝えられた。アールさんの手紙も渡したら、やっとわかってくれたみたい。もう喉が痛い……。
「ほらよ〜。」
「わぁ!」
見せてもらったミーソは、黄味がかったもの。スーパーでもとてもよく売られていたものだ。
「味見しても良いですか?」
「んあ〜?」
味見がしたいと伝えるだけでまた一苦労……。ようやっと許可をもらって、木のスプーンにひとさじ取ってくれた。
「ほれぇ。そのままだとじょっぺぇよぉ〜。」
キャベツもくれた。良い人やー!耳は遠いけど!
「……味噌だ……。味噌だぁ。」
思わず呟いちゃうほど、味噌だった。感動した。あぁー、ダシがあったらお味噌汁作れるんだけどなぁ。
ミーソを味見して満足していると、ミーソを見せてくれたおじいちゃんが手招きしていた。
「なんですかー?」
「おめぇさん、あのボーズの知り合いなんべなぁ?」
ボーズ?ボーズとは誰じゃ?
「ほれぇ、こんの手紙のぉ。」
「あぁ、ボーズって坊主って事かぁ!……アールさんが……坊主?」
「あの子はぁ元気にしたってるべかねぇ……?」
アールさんを坊主扱いとは……なかなかだ。子供の頃からの知り合いなのかな?
「おくざん亡くなってぇ、ずぃーぶんたづもんなぁ……。」
……そうなのか。なんか本人から聞いていないのに知ってしまって、ちょっと申し訳ないな……。
「私が見る限り、とても元気ですよ。」
「あぁ〜?あんだっでぇ?」
……もう諦めていい?喉痛いよ……。
ミーソを作っている村は、ご高齢の方ばかりだったけれど、引き継ぐ人はいるんだろうか?心配になる。今後のミーソの入荷が……。
村の中を見て回っていると、珍しく若い人がいた。
何やらご高齢の方と言い争いをしているようだ。
「俺は出てくだぁ!こげな売れんもん作ったって仕方ねぇだ!」
「……あんだってぇ?」
「どうせ誰も買わんもん作っだって無駄だぁ!おれぁ王都で割りのいい仕事見づけるんだぁ!」
そう大声で言うと、若者は荷物を持って行ってしまった。
「出稼ぎだかなぁ……?」
気付いて!出稼ぎじゃないよ!出ていっちゃったんだよ!聞いていて思ったけど、やっぱり話通じてないよ!
このまま若い人が居なくなっちゃったら……ミーソ滅ぶよね……?
他に若い人は居ないのだろうか、と更に村を回ってみる。
村の入り口からだいぶ奥まった所に建っていた家の前には、おばあちゃんがイスに座って日向ぼっこをしていた。目を瞑っていて、イスは前後にゆらゆらと揺れている。
なにあれ可愛い……。
人がいる事に気付いたのか、おばあちゃんは目を開けてこちらを見た。
「あんれぇ、若い子だべなぁ。随分と珍しかねぇ。」
「こんにちは。ミーソを見せてもらいに来ていました。」
「そうかぇそうかぇ。味はどうじゃったかのぅ?」
すごい!会話が成り立ってる!
そんな所に感動してしまうほど、みんな耳が遠すぎたんだ……。補聴器なんて無いものね……誰か魔道具で作ってあげてーーー!
「とっても美味しかったです!アールさんという商人さんを通して、買おうと思っています。」
「ほほぅ、そうかぇ。ありがとうなぁ。んだども、そのうぢこの村は終わるべなぁ。」
「……。」
「お前さん、よがったらこの老婆の願いを聞いてはくれんかのぅ?」
「……どんなお願いですか?」
「この村の、ミーソの美味しさを広めて欲しいんじゃぁ。ほいたら、この村にまた人が戻ってくるじゃろうて。ミーソはなぁ、塩気が強すぎて食べれたもんじゃぁ無いと、若いもんがどんどん食べんくなっでなぁ。」
美味しさを広めて欲しい、か。もともとミーソを使うつもりだったし、それでお弁当を販売するつもりだったから、広める事になるだろう。難しくは無いと思う。
……ただ、考えてしまった。時間が間に合うのか……。
作っているおじいちゃんたちはだいぶお年を召していた。美味しさに気付いて人が戻ってきたとして、作り方の伝授に間に合うのだろうか……。
「もともと商売で使うつもりでした。だから広める事になるとは思います。」
「そうかぇ。ならよがっただぁ。ありがとうなぁ。来る人にはみんなに言っでるんだぁ。あまり深くは考えなくでいいからなぁ。」
そう言って、ニコニコと笑みを浮かべるおばあちゃんに、それ以上は言えなかった。
夕方、グリちゃんに乗ってアールさんのいる村に戻る為に出発した。少し振り返って小さくなって行く村を見つめていると、私を支えてくれているクレスさんが頭をポンポンと撫でてくれた。
「あまり気負うなよ。コッメの精米方法の時のように、書き残せるものは残すように、アールさんに頼んでおこう。俺も出来る事は協力するから。」
「……はい。ありがとうございます。」
焦ってもいい事は無いんだよね。もし、変な伝わり方をしたら、それこそミーソが滅んじゃうもの。落ち着いて、でも頑張ろう。
クレスさんが協力してくれるって言ってくれると、とても心強い。なんでも出来るような気がしてきちゃうんだ。
クレスは遠距離でも千華と会話出来るツールを手に入れた!
もうすぐ二章も終わる予定です。
追記
すみません。体調不良のため、あと二、三日更新できないかもしれません。少し、お待ち下さい……。




