36 蜘蛛の糸が引っ掛かったときって、すごく気持ち悪く感じるんですよね……。
一応……若干のホラー注意です!
私の感性では普通に笑える程度だと思っていますが……念のため。
朝食をしっかりめにとって、カルセドニー渓谷へと足を踏み入れた。
私はグリちゃんに乗ったままなので、実際には足をつけていないんだけれどもね!
「今回は絶対落ちないように、これで縛っておこう。」
クレスさんは心配性なのかもしれません……。めっちゃ真剣な顔で、縛ると仰ってます。
あまりにも自然に出てくるロープ……。準備してました!感が否めないんですが。グルグルとロープを回されて……。
ギュウーーー!
「ぐ、ぐぇ。」
「クエェ?」
何があっても落ちないように、と固く結ばれた。ぐるじぃ……。
グリちゃんは余裕そうだ。
「これで良いだろう。」
満足げに頷くクレスさん。マディラさんがその後ろで笑っている。こらー!指をささない!
「なんだか面白い事になっているわねー。」
「ほんとに。飽きないわー。」
猫の獣人姉妹さんにも笑われている……。くぅ。
「ああ。後はあれを出しておくように。」
「……はい。」
私は、渋々ショルダーバッグから……あれ、を取り出した。カバンに手を入れながら、あれ、を渡された時の事を思い出す。
出発する少し前の話。
「依頼の報酬の一部アル。先に配るという約束だったアル。」
そう言って、アールさんは自分の馬車から大きな袋を取り出し、冒険者全員に配りはじめた。中身が視界に入った瞬間に、肩が跳ね上がってしまう。
「それは……!」
アールさんのお店に並んでいた不吉そうな人形さん達だ。黒い髪を腰まで伸ばし、着物のような物を着ている。
冒険者全員に配り歩くアールさん。冒険者達はみな引き気味だけれど、ちゃんと受け取っている。
私のところにも、来てしまった……。こっちガン見してるんだけど……首は横向いているのに……。なんでこっち見てるのーーー!
「チカはみんなより弱いから特別ネ。」
そう言って、更に二体の不吉そうな人形さんを渡された。三体でガン見される。えええええええぇぇぇ……。
「これは一体なんなんですか?」
「こうしておくアルヨ!」
質問すると、アールさんは私の髪の毛を数本掴み、勝手に引き抜いてきた。
「痛っ!」
不意打ちで髪の毛を抜かれるとは思わなかった。痛がる私を完全無視して、アールさんはその髪の毛を不吉そうな人形の口元へ持って行く。
「シャーーーーー!!!」
「ひいぃぃぃぃ!」
不吉そうな人形はいきなり動き出し、目の前に出された髪の毛を食べ始めた……。
何これ完璧ホラーじゃん……。っていうか、その人形動くんだね……。
私の髪の毛を食べた人形達は、グリンッと音のしそうな勢いで、三体揃って顔ごとこっちを向いた。まだ口から髪の毛見えてるよ!食べるならちゃんと食べ切ってよ!
「ひぃ!!」
「これで良いアル。」
「何がどうなったんですか……?」
「これは身代わり人形アル。体の一部を食べさせると、その人間が命の危機にあった時、一度だけ身代わりになってくれるネ。」
「身代わりに……。」
この人形が、守ってくれるのか……。一体につき一度なので、私は三回守ってもらえるらしい。
お口をアムアムしながらガン見しているけれど、とっても頼りになる子達なんだね……。
「ただシ、身代わり出来る事柄にも限度があるネ。その辺はわかっておいて欲しいアルヨ。」
「はい。よ、よろしくお願いします……。」
「「「シャーーーーー!!!」」」
「ひぃぃ……。」
頼りになるのだろうけれど、慣れることは無いかな……。
「後、そのカバンに入れてちゃダメアルよ。」
「え?これですか?って入らないですよ、この大きさは。」
「何言っているアルか。そのカバンは空間拡張カバンネ。その人形なら確実に入るアル。」
空間拡張カバン……?
「前に財布出しているところ見たアルヨ。真っ暗で見えなくなってるネ?」
「はい。防犯対策でいいですよね。」
「それが空間拡張カバンの特徴ネ。人形入れてみるネ。」
入れろって言われても……入れ口の大きさからして入るわけないのでは……。そう思いながら、動きだけはカバンに入れようとしてみた。
カバンの入れ口に人形の足が当たった瞬間、人形が消えてしまった。
「消えた……。」
「取り出すネ。」
カバンに手を入れて、人形を頭に思い浮かべると、細い糸がたくさん絡みつく感触がした。
「ひぃ!」
そのまま手を引くと、人形の髪の毛が手に絡みついて一緒に出てきた。いちいち怖いんですけどーー!!
というか、入ってたんだ……。この小さなショルダーバッグに。
「す、すごいーーーーー!」
「……知らなかったアルか……。」
「小さい物しか入れていなかったので、気づきませんでした!」
「……。とにかク、それに入れちゃうと自分で出て来れないアルヨ。必要そうな場所では出しておくアルヨー。」
と、そんな事があったわけで……。
「ひぃぃ!!」
私は三体のうちの一体をショルダーバッグから取り出した。
取り出すときは髪の毛が手に絡みつくのがデフォルトみたい……。勘弁してぇ……。
「人形は肌身離さず持っていないと効果が出ない。しっかり持っておくんだ。」
「はいぃぃ……。」
クレスさんに言われて、渋々片手で抱き抱える。頼みますよーー。
グリフォンのグリちゃんにロープで縛られて、脇に不吉そうな日本人形風味の人形を抱える冒険者(弱)……。凄まじい絵面だろうなぁ……。
でも、クレスさんがとっても安心したように頷いているし……良しとしましょう。
日が出ているうちに渓谷を抜けるため、みんなはかなりの早歩きだ。
私はグリちゃんの上で大人しく揺られている。こんなに早足で山を歩くなんて、出来ないと思う。グリちゃんがいてくれて良かった。
魔物がちょくちょく出てくるけれど、出た瞬間に誰かが仕留めている。早技すぎて、よくわからないうちに終わっている。視力大丈夫か?私。
マータさんは片手剣と、上半身が隠れる程度の大きさの盾を持っていて、ビータさんは短剣を持っている。いつも二人で依頼をこなすそうで、マータさんが魔物を引き付けて、ビータさんが仕留めるのだそうだ。
でも、今のところそんな強い魔物は出ていないので、マータさんも盾を使わずに片手剣一本で戦っている。
猫さんらしい、しなやかな動き。体柔らかいなーと思っていたら、いきなり木の上にいたりして、どうなっているのかわからない。
マディラさんも素早くて、しなやかな動きだけれど、見た感じのしなやかさは姉妹の方が上かも……?獣人姉妹さんもとっても強いんだろうなー。
戦う時の動きについて、マディラさんと姉妹が楽しそうに話をしている。ステップがどうとか、反動がどうとか……大事なのは手首のスナップらしい……?聞いていてもわからないね!
レベルが上がったら、私にも動きが見えるようになるのかな……。見えるようになっても、動ける気はしないけどね!
日が傾き、あと一時間くらいで日没かな、という時間でカルセドニー渓谷を抜けた。
特に事件もなく、無事に抜ける事が出来てほっとする。
渓谷を移動中、ショルダーバッグの中の青い貝殻の事を思い浮かべたけれど、今はコッメを優先するべきだと思って出す事はしなかった。コッメを守れて、エンジュ共和国に帰るとき、出来たら寄りたいな、と思う。
その時はクレスさんに相談しようっと。




