8話 幼女の外出計画
翌朝、わたしはクローゼットの前で、いきなり人生最大級の難問にぶち当たっていた。
お題はズバリ、「いかにしてかわいく、誰の記憶にも残らない地味な格好をするか」。
いや、わたしって黙っているだけでもかわいいからね。誰にも残らない地味な格好って結構な難問なんだよな。
「アリスお嬢様! こちらなどいかがでしょう! 純白のレースに、淡いピンクのリボンをあしらった、街中でも一際目を引く愛らしいワンピースです!」
専属メイドのセーラが、目をキラキラさせて広げて見せたのは、確かにお菓子みたいに甘くて可愛いドレスだった。
ふわりとしたスカートは、歩くたびに花びらのように揺れること間違いなし。
――いや、かわいすぎか!
街の人にスカウトされて、そのまま子役デビューできちゃうレベルだよ! そんなの着て歩いたら『私を見て!』って看板背負って歩くようなもんじゃん!
わたしは内心で盛大にツッコミを入れた。
今回の外出はあくまで「お忍び」。
万が一にも公爵令嬢が街にいるなんてバレることだけは避けたい。
そしてその裏の目的は、こっそりと悪い人を見つけて……始末することなんだから。
アサシンたるもの、風景に溶け込む「村人A」みたいなスキンじゃなきゃダメなのよ。
「セーラ。とっても可愛いけれど……派手すぎるとお忍びなのがバレちゃうでしょ。だから、あんまりお嬢様っぽくない、普通のお洋服がいいな?」
わたしは上目遣いで、コテンと首をかしげてお願いしてみる。
セーラは「かわいいのに……」と少し残念そうにしたけど、すぐに気を取り直して別の服を持ってきてくれた。
「では、こちらの紺色のワンピースはいかがですか? シックですが、襟元の刺繍が上品で、お嬢様の知的な雰囲気にぴったりかと」
「うん、それがいい! これなら今よりもお姉さんみたいかも!」
わたしは即決した。
濃い色は人混みに紛れやすいし、万が一、返り血を浴びても汚れが目立たないし、なんてね。
……あ、今の物騒な計算は、もちろん内緒。
着替えを済ませて、いざ鏡の前へ。
深い紺色のワンピースに、白いカーディガン。髪は動きやすいように、サイドテールに結ってもらった。
「……うん」
鏡の中のわたしは、どこからどう見ても育ちの良い令嬢。
これならせいぜい、お金持ちの商人の娘に見られる程度に済むかな。
いやー、地味にしたつもりなんだけど……隠しきれない気品がダダ漏れしちゃってる気がするなぁ。
――ふふん。どう足掻いても可愛くなっちゃうなんて、わたしってば罪な女の子だね!
わたしは口元を緩めて、鏡に向かって完璧な「天使のドヤ顔」を決めてみた。
よし、擬態完了。
さあ、楽しいお買い物の時間だよ!
◆◇◆
屋敷の玄関ホールへ降りると、すでに護衛の二人が待機していた。
お父様が厳選したというだけあって、ただ立っているだけで「あ、こいつら強いかも」ってわかるプレッシャーを放ってる。
「お待ちしておりました、アリス様」
一人は、大柄で岩のような巨漢の騎士。
名前はグオーク・バラガン。
真面目を絵に描いたような厳格な顔つきで、その体はまるで鋼鉄の要塞だ。
街中だというのに、簡素な革鎧の下から、はち切れんばかりの筋肉が「俺を見ろ!」と主張している。頼もしいけど、威圧感すごくない?
「ようこそお越しくださいました。今日は良い天気ですねぇ、お姫様?」
もう一人は、対照的にひょろりと背の高い優男。
名前はルスカー・ヴィンテル。
赤みがかった茶髪を無造作に遊ばせ、腰には細身の曲刀を二振り差している。
飄々とした笑みを浮かべているけど、目が全然笑ってないんだよね。猛獣みたいに鋭くて、隙のない立ち方。チャラチャラしているようにみせて、実は隙がないタイプだね。
どうやら、この二人は我がクライネルト公爵家が擁する私設騎士団の中でも、次期団長候補と噂されるエースたちだとか。
ちなみに、真面目そうなグオークさんは、「男爵」という身分なんだとか。
代々ウチに仕える家臣の家の生まれで、お爺ちゃんの代から公爵家に尽くしてきたようだ。
普通なら自分の領地を持ってふんぞり返っててもおかしくない身分なんだけど、このバルガン家は代々「生涯現役で公爵様をお守りする」ことが家訓の、生粋の武人一族なんだって。
暑苦しいほどの忠誠心だね!
逆に、優男のルスカー・ヴィンテルは、新興の「準男爵」。
元は平民の孤児だったのを、お父様がその剣の才能に惚れ込んで拾い上げ、特例で貴族の末席に加えた「成り上がり」。
家柄はないけど、実力一本で今の地位を勝ち取った、叩き上げの天才肌だ。
出所は違うけど、共通してるのは「パトロンがお父様」ってこと。
王様に仕える国の騎士とは違って、彼らの装備も、お給料も、美味しいご飯も、ぜーんぶウチのポケットマネーから出ている。
つまり、公爵家に逆らったら明日から路頭に迷うわけで……そりゃあ忠誠心もカンストするよね。
……正直、邪魔くさいかも。
こんな超高性能な番犬が二匹も張り付いてたら、自由に行動できないじゃん。
「はじめまして、グオーク様、ルスカー様。今日はお世話になります」
わたしはスカートの端をつまんで、完璧なカーテシーを披露した。
計算された角度、伏し目がちな視線、そして顔を上げた瞬間の花咲くような笑顔!
はい、アリスちゃん今日もかわいい!
「ぐふっ……!!」
ほらね、堅物のグオークさんが、胸を押さえて悶絶してる。
顔を真っ赤にして、目尻がデレデレに下がっちゃってるよ。さっきまでの「鉄壁の要塞」みたいな威厳、どこいっちゃったのかな?
「こ、この身に代えましても……! それにしても、なんと愛らしい……お方……」
心の声が漏れてますよ、男爵様。
ルスカーさんも、おや、と目を見開いて、楽しそうに目を細めた。
「へぇ……噂通りの天使っぷりだ。こりゃあ、俺たちがしっかり守ってやらないと、悪い狼に食べられちゃいそうだねぇ」
「ふふ、頼りにしていますね?」
わたしは小首を傾げて、二人にニッコリ。
よし、掌握完了。
アリスちゃんにかかれば、こんくらいチョロいもんよ!
◆◇◆
用意された馬車は、公爵家の紋章が目立たないように加工された、地味な箱馬車だった。
わたしとセーラが中に乗り込んで、御者台にはグオークさん。ルスカーさんは護衛として馬で並走する形をとるみたい。
ガタゴトと車輪が石畳を叩く音。
わたしは窓のカーテンを少しだけ開けて、外の景色を眺めた。
目指すは、領都――城塞都市オーベニール。
クライネルト領の中心であり、東西の街道が交わる交通の要衝だ。
季節は、初夏。
窓から吹き込む風には、若葉の瑞々しい香りと、どこか懐かしい土の匂いが混じっている。
街道沿いには見渡す限りの麦畑が広がってて、黄金色に色づき始めた穂が、風の波に乗って揺れている。
「すごい……」
思わず、声が漏れた。
これは演技じゃないよ。
だってわたし、こっちの世界に来てから6年間、ずっとお屋敷と庭の中だけで過ごしてきた「超・箱入り娘」だったからね。
本で読んだり、窓から遠くを眺めたりはしてたけど、こうやって「世界」の広さを肌で感じるのは初めてだったりする。
陽の光の眩しさも、草いきれも、遠くで働く農夫たちの話し声も、すべてがわたしにとって新鮮だった。
――これが、この世界の姿。
無駄に綺麗で、無駄に鮮やか。
あそこで働いている一人ひとりが記憶失ったプレイヤーが中に入っているんだと思うと、なんだか複雑な心境。
しかも、悪いAIのせいで、彼らの命がわたしの手にかかっているときた。
「もうすぐ街に入りますよ、お嬢様」
セーラの声で、我に返った。
前方に見えてきたのは、堅牢な石積みの城壁。
その向こう側から、活気のある喧騒が風に乗って聞こえてくる。
オーベニールは、商業と職人の街だ。
石造りの街並みなんだけど、屋根の色や看板の意匠には独特の華やかさがある。
赤レンガの屋根が連なって、市場には大陸中から集まった品物が並び、冒険者や商人が行き交う場所。
門番が馬車を確認して、ビシッと敬礼をして門を開ける。
馬車が城壁をくぐり抜けた瞬間、わっと音の洪水が押し寄せた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 北の山で採れた新鮮な果物だよ!」
「武器の修理なら鉄床亭へ!」
「そこの可愛いお嬢ちゃん、焼き串はどうだい?」
活気。熱気。生命力。
そこにあるのは、間違いなく「人間の営み」だった。
一人一人が意志を持って生活している、生の空気感。
「わぁ……っ! すごい! セーラ、見て見て! 人がいっぱい!」
わたしは窓枠に手をかけて、身を乗り出すようにして声を上げた。
屋敷の外って、こんなに賑やかでカラフルだったんだ!
お肉が焼ける香ばしい匂いに、見たことない果物、ピカピカ光る謎の雑貨。
通りを歩く人たちの服も、絵本みたいに色とりどり。どこを見ても新しい発見ばっかりで、目がいくつあっても足りないよ!
「あっちでは大道芸やってる! こっちのお店はなんだろう?」
わたしの瞳が探しているのは、美味しいお菓子に、可愛い雑貨、それから面白そうなイベント!
うん、すっごく楽しいかも!
「ねえねえ、早く降りて歩きたいな! あそこのお店、近くで見てもいい?」
わたしは振り返って、セーラたちに最高のおねだりスマイルを向けた。
せっかく来たからには、まずはこの広い街を、骨の髄まで遊び尽くさなきゃ損だよね!
――――――――――――――
【天使降臨】セーラ視点・アリス様を見守るスレ Part4【はじめてのおつかい】
1 名無しのダイバー
キタ━━(゜∀゜)━━!!
今日は伝説の神回確定の「お忍び街歩き」だぞ!
全裸待機余裕でした
2 名無しのダイバー
うおっ、今日のアリス様、紺色のワンピかよ!
清楚さがカンストしてて直視できねぇ……
選んだセーラさん、マジで有能すぎる
3 名無しのダイバー
>>2
それな。セーラさんのコーディネート力はガチ
しかも、馬車の中でアリス様の髪を直す手つき、慈愛に満ちすぎだろ
アリス様を見る目が完全に「お姉ちゃん」なんよ
4 名無しのダイバー
俺はセーラさん推しだわ
あの凛とした佇まいと、アリス様の前だけで見せるデレた表情のギャップがたまらん
こんなメイドさんに一生お世話されたい
5 名無しのダイバー
>>4
わかる
アリス様が「天使」なら、セーラさんは「天使の守護者」って感じ
この二人の主従関係、マジで尊い……
ずっと見てられるわ
6 名無しのダイバー
おい、窓の外見てはしゃぐアリス様見たか?
「わぁっ!」って身を乗り出した時の尻尾振ってる子犬感!
それを後ろから支えるセーラさんの優しさ!
この空間だけマイナスイオン出すぎだろ
7 名無しのダイバー
騎士のおっさん達がデレデレになるのも無理はないw
てか、俺も画面の前でニヤけが止まらん
8 名無しのダイバー
アリス様とセーラさんの「はじめてのおつかい」、全力で見守るぞ!
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