10話 路地裏のエンカウント
表通りの喧騒が、遠い波音のように聞こえる。
路地裏特有の、湿ったカビと埃の匂い。
わたしは行き止まりの壁を背にして、スカートの裾を払いながら、わざとらしく怯えたふりをして立ち尽くしていた。
――カツ、カツ、カツ。
足音が二つ。
入り口の方から、光を遮るようにして二つの影が伸びてくる。
来た。
わたしの「ゲーマーの勘」に狂いはない。
「おやおや? こんな汚い場所に、随分と可愛らしいお人形さんが迷い込んだもんだなぁ」
「へへっ、お嬢ちゃん。パパとママとはぐれちまったのかい?」
現れたのは、絵に描いたような悪人面をした男たちだった。
一人は、無精髭を生やした痩せぎすの男。腰には安っぽいナイフをぶら下げている。
もう一人は、小太りでニヤニヤと卑しい笑みを浮かべた男。手には革袋をジャラジャラとさせている。
完璧だ。
ここまでわたしの理想通りにことが運んでくれるなんて。むしろ、感動を覚えちゃいそう。
わたしは、あえて少しだけ体を震わせてみせる。
大きな瞳を潤ませ、小首をコテンと傾げる。
角度は斜め45度。もっとも幼さが際立つ黄金の角度だね。
「……あ、あの、誰ですか? わたし、お家に帰りたいんですけれど……」
計算され尽くした「か弱き少女」の演技。
男たちは顔を見合わせ、下卑た笑い声を上げた。
「ガハハ! 安心しな、おじさんたちが『いいところ』へ連れてってやるよ」
「着ている服も上等だ。こりゃあ、身代金もたっぷり取れそうだな」
男たちが、じりじりと間合いを詰めてくる。
その距離、およそ五メートル。
わたしは、ポケットの中に忍ばせていた「それ」を、手品のように取り出した。
それは、片眼鏡の形をした、小さな魔道具だ。
透明度の高い水晶がはめ込まれ、フレームには金箔が使われている。
お父様のコレクション棚の奥底に眠っていた、超絶レアアイテム――【鑑定の片眼鏡】。
市場価格にすれば、でかい家一軒を余裕が買える代物だ。
わたしはそれを優雅な手つきで左目に装着する。
「……ん?」
突然の行動に、男たちが足を止めた。
わたしはレンズ越しに、彼らの頭上に浮かぶ「数値」を冷ややかに読み取る。
「ふーん……。レベル21と、24、か」
わたしの口から漏れたのは、先程までの甘ったるい声ではない。
温度のない、値踏みをするような低い声だった。
「あ? なんだお前、急に……」
男たちが怪訝な顔をするが、わたしは構わず考察を続ける。
戦いと無縁の一般の農民や町人のレベルは、だいたいレベル10から13程度。
ギルドに登録したての駆け出し冒険者で、レベル15前後。
そこから死線をくぐり抜け、オークごときなら単独で狩れる一人前の冒険者――ランクにしておよそDランクで、ようやくレベル30前後の領域に達する。
そう考えると、この二人は裏稼業でそこそこ経験値を積んできただけの悪党。一人前の冒険者には遠く及ばない
ちなみに、さっきまでわたしを護衛していたグオークさんとルスカーさん。
実はさっきこっそり鑑定してみたけど、あの二人はレベル60を超えていた。この世界では、レベル80にもなれば「英雄」として国中で祭り上げられるらしい。
そう考えると、あの二人は人類の中でも相当な上位層の領域に片足を突っ込んでいる化け物だったわけだ。
それに比べれば、目の前の二匹は……まあ、雑魚だね。
大手ギルドの入団試験なら、門前払いされるレベル。
――だけど。
わたしは、たったのレベル6。
わたしは、自分のか弱いステータスを思い出し、冷静に比較する。
つまり、その差、およそ4倍ってところだ。
ゲームによっては、ダメージが通らないどころか、相手の攻撃をかすっただけで即死する「無理ゲー」な戦力差だね。
この世界――『Gnosis Online』において、レベルアップとは?
ステータスに書かれていないだけで、3つの隠しパラメータがレベルに比例してあがることだと、わたしは予想している。
第一に、【筋力】。
これは単なる腕力の向上だけではない。
脳が筋肉にかける「出力リミッター」を解除し、火事場の馬鹿力を常時引き出すこと。
そしてその負荷で自壊しないよう、筋繊維の一本一本が、極限まで高密度に圧縮される。
つまり、この柔らかな幼女の拳さえ、レベルがあがれば岩をも砕くハンマーに変わるということだ。
第二に、【敏捷】。
これは「反応速度」と「移動速度」の双方に干渉する。
脳内シナプスの伝達速度が光速に近づくことで、周囲がスローモーションに見える「タキサイキア現象」を常時発動できるように。
さらに、筋肉の速筋繊維の比率が爆発的に増大し、慣性の法則を無視した加速を可能にするなんてことも。
そして、【魔力】。
これは単純に、体内に保有できる魔力量の総量増加だ。
魔力が上がれば、内なるタンクの容量が拡張され、より高密度の魔力を練り上げることが可能になる。それらを惜しみなく消費に回すことで、低レベルでは発動すらできない高出力の魔術へと変換するのだ。
ようするに、レベル24の人間とレベル6の人間は、同じ人間の皮を被っていても、中身はライオンとネズミほどに基礎スペックが隔絶している。
彼らが本気で腕を振るえば、その運動エネルギーだけでわたしの細い首なんて簡単にへし折れる。
彼らが本気で地を蹴れば、わたしの動体視力がその初動を捉えるより早く、その拳はわたしの顔面を粉砕しているだろう。
物理法則を強引にねじ曲げる、理不尽なまでのステータスの壁。
それが、この世界の冷徹な真実だ。
「おい、ガキ。何ブツブツ言ってやがる」
痩せ男が、イラついた様子でナイフを抜いた。
鈍い銀色の刃が、路地裏の闇の中でギラリと光る。
普通の六歳児なら、失禁して気絶する場面だよ。
勝てるわけがない。
逃げられるわけがない。
圧倒的な「強者」に踏み潰される、哀れな「弱者」。
――ふ、ふふふっ。
あれ? おかしいな。
わたしの口元が、勝手に歪んでいくよ。
恐怖?
絶望?
いや、違う。
わたしは、片眼鏡のブリッジを人差し指でクイッと押し上げた。
そして、獲物を見る肉食獣のような瞳で、ニヤリと唇を吊り上げた。
だって、思い出してしまったんだもん。
かつて、最強のゲーマー【ミライ】と呼ばれたわたしが、歴史に刻み込んできた数々の「狂気」を。
VR方式の超高難易度死にゲー『ベノム・レクイエム』では、防御力ゼロの「全裸」装備かつ「レベル1」のまま、触れれば即死のラスボスを18時間の耐久戦の末にノーダメージで完封したことがある。
バルロワイヤル式FPSもちろんVR方式の『バレット・クロス』では、重火器で武装した99人のランカーたちを相手に、ナイフ一本だけで戦場を駆け抜け、最後の一人になるまで生き残ったことだってある。
敵の筋肉の僅かな収縮から攻撃の予備動作を読み切り、フレーム単位の精密な身体制御ですべての殺意を紙一重で回避する。
0.01秒の遅れも許されない極限の状況下で、思考と身体を完全に直結させ、常に最適解の挙動を繰り出し続ける、神がかった反応速度と判断力。
それが、最強の廃ゲーマー、ミライのプレイスタイルだ。
それに比べれば、たかが4倍のステータス差?
そんなの、「当たらなければどうということはない」って偉い人も言ってたでしょ?
「ねえ、おじさんたち」
わたしは、にっこりと微笑んだ。
それは、天使のように愛らしく、そして悪魔のように傲慢な、最高の「ドヤ顔」だったはずだ。
「アリスと遊んでくれるなんて、ありがとう」
次の瞬間。
男の一人が、ナイフを片手に迫ってきた。
ブクマ、評価いれてくれると嬉しいです!
作者のモチベに大きく影響しますので!
何卒よろしくお願いします!!




