きらきらのまほうと三つのおかし ~ 幼い姉妹にパパがくれるお菓子は、なぜか三つ ~
もうすぐクリスマス――。
◆おうちのリビングで◆
小さな姉妹の前に、
大きなパパの手があらわれました。
お姉ちゃんのゆうちゃんは六さい。
妹のあいちゃんは五さい。
ふたりは、ようちえんの年長さんと年中さん。
パパの手のひらの上には、
小さなふくろに入ったチョコクッキーが三つ。
「おおっ!」
ふたりは、まあるい口をあけておどろきました。
その目は、まるで夜空の星みたいに、きらきら光っていました。
パパは、ぜんぶのクッキーを、
お姉ちゃんのゆうちゃんにわたして、
「ふたりで、なかよくわけなさい」
そう言って、リビングを出ていきました。
ゆうちゃんは、一つをあいちゃんに手わたし、
一つをじぶんのポケットに入れます。
残った一つはテーブルの上にそっとおいて、
「どうしようか?」と、胸の前でうでをくみました。
「どしよー?」
あいちゃんもマネして、
うでをくんで、うーんとうなります。
「なんで、三つなのかなぁ?」
ゆうちゃんが首をかしげたそのとき――
あいちゃんが、テーブルのクッキーをつかんで、
くるくる回しました。
「そだよねぇ〜」
そのしゅんかん――
「わあっ!」
クッキーが手からすべって、ぴゅーんと飛びました。
ゆうちゃんの頭をこえて、ゆかにボトン。
ゆうちゃんがひろい上げて、そっとテーブルに戻すと、
ビニールぶくろの中で、クッキーは三つにわれていました。
よく見ると、一番大きなかけらは、ちょうど半分くらい。
残りの二つをあわせると、もう半分くらいになりそうです。
「おぉ……!」
ふたりは身をのり出して、じっと見つめました。
テーブルの上で、クッキーのふくろが、
まどからさしこんだ冬の光をうけて、
ほんの少しだけ、きらりと光りました。
ゆうちゃんがふくろをやぶって、大きなかけらを手に取ると、
あいちゃんは、ちいさな二つをもらいました。
「これで、半分こだね」
「半分こ、半分こ」
“半分こ”の魔法を見つけたふたりは、にこっと笑います。
その笑顔も、ちいさくきらきらひかって見えました。
――そのようすを、リビングの廊下から、パパはそっと見ていました。
* * *
◆今日は子どもべやで◆
パパの手のひらには、
ふたりのだいすきなイチゴのミルクキャンディーが、
三つのっていました。
「ふたりで、なかよくわけなさい」
そう言って、パパはまた部屋を出ていきます。
ふたりは床にしゃがんで、キャンディーを一つずつ分けました。
そして、残った一つを見つめながら、また考えます。
「また三つなの?」
ゆうちゃんが首をかしげると、
あいちゃんはキャンディーを手に取り、立ち上がりました。
「そだよねぇ〜」
あいちゃんはキャンディーの両はしを持って、
ぐいっと力をこめます。
「うおおーっ!」
でも、キャンディーはかたくて、びくともしません。
小さな指のさきっぽが赤くなってきました。
もう一ど、ふうっと息をすって――
「んんんーっ!」
と力を入れた、そのとき。
「ぷっ!」
おしりから、かわいいおならが出ちゃいました。
「おわあっ!」
ほっぺをまっ赤にしたあいちゃんに、
ゆうちゃんはおなかをかかえて大笑い。
ふたりの笑い声が、きらきらと部屋じゅうにはじけます。
「われない?」と、ゆうちゃんが聞くと、
あいちゃんはキャンディーをそっと床において、うつむきながら、
「うん、ちがうの、でちゃうもん……」
と、こくんとうなずきました。
また、ふたりでうでをくんで、うーんと考えます。
「こういうときは、アレだよね」
ゆうちゃんが言うと、
「うん、うん!」と、あいちゃんも大きくうなずきました。
そう、こんなときは――
「じゃんけんで、きめよお!」
「じゃんけんぽん!」
ゆうちゃんはパー。あいちゃんのチョキが勝ちました。
ゆうちゃんは、にっこり笑って、キャンディーをあいちゃんのひざにおきます。
あいちゃんも、にっこにこ。
両手でキャンディーをぎゅっとにぎりしめました。
うれしそうなその目は、キャンディーよりもずっと、きらきらしていました。
――“勝っても負けても、笑顔を分けられる”日でした。
そのやりとりを、部屋の外で、パパがそっと聞いていました。
* * *
◆今日は――クリスマスの日◆
パジャマすがたのふたりの前に、
おかしがつまった赤いサンタのながぐつが、ふたつ。
ひとつは大きなながぐつ。
もうひとつは、ちいさなながぐつ。
「ふたりで、なかよくわけなさい」
パパは、そう言って部屋を出ていきました。
ふたりは、ながぐつをかこむようにして、ぺたんと座ります。
「どうやって、わけようか?」
あいちゃんは、ながぐつを持つまねをして、
「ばきっ!」
と、まん中から、おるジェスチャー。
かおはプロレスラーみたいにこわい顔。
ゆうちゃんは、くすっと笑って、首をふりました。
あいちゃんは、ちょっと考えてから、
大きいながぐつのうえに、
小さいながぐつをさかさまにのせました。
赤いながぐつの「たわー」ができました。
ふたりの目は、そのたわーを見上げて、
雪の星みたいにきらきらしています。
あいちゃんは、その塔の前で、
見えない大きな剣をふりあげ――
「ばぁーん!」
ながぐつをまっぷたつにするジェスチャー。
「あっ!」
それを見ていたゆうちゃんの目が、きらりと光りました。
「ひとつ、かして!」
あいちゃんはふしぎそうに、
大きいながぐつをゆうちゃんにわたしました。
「おかし、ぜんぶ出してみよう」
ゆうちゃんが言って、ひもをほどいて、ながぐつをさかさまに。
ばらばらばらーっ!
お菓子が、ゆうちゃんの前に雨のようにこぼれます。
色とりどりの包み紙が、クリスマスの明かりをうけて、
きらきらとひかりました。
あいちゃんも、じぶんの前のながぐつをさかさまにしました。
「わたしの山が、ちょっとちっさい……」
あいちゃんのくちびるが、むーっととがります。
すると、ゆうちゃんが、にっこり笑って言いました。
「じゃあ、ふたつを合わせて、もっと大きな山にしよう!」
ふたりのお菓子をまんなかにあつめて、大きな山ができました。
「じゃんけんで、えらぶ順ばんをきめよう」
ゆうちゃんが言うと、あいちゃんは首をふって、
「前に、わたしが多かったから……おねえちゃん、さきでいいよ」
ゆうちゃんは、ちょっとびっくりしたけど、すぐにやさしく笑って、
「じゃあ、わたしはこれ!」
だいすきなアポロチョコを指さしました。
ゆうちゃんの笑顔が、ぱっと花みたいにひらいて、きらっと光ります。
あいちゃんもにっこり。チョコパイを一つえらびます。
ふたりは、きゃっきゃと笑いながら、
一つずつお菓子をえらんでいきました。
笑い声と、包み紙のこすれる音が、
きらきらと部屋にひびきます。
そのにぎやかな声を、
となりの部屋で、パパが聞いていました。
* * *
◆――そのつぎの日◆
「うわっ!」
ゆうちゃんとあいちゃんが、そろって大きな口をあけました。
ふたりは、これまででいちばんおどろいた顔をしています。
目の前にあったのは、かわいいうさぎのぬいぐるみと、
ちょっぴりこわい顔をした――おばけのぬいぐるみ。
「ふたりで、なかよくわけなさい」
パパはそう言うと、
まるでなにもなかったかのような顔で、
すっと部屋を出ていきました。
ぽつんと残されたふたりは、かおを見あわせて、
もういちど、ぬいぐるみを見つめます。
「これ……なに?」
あいちゃんが、首をかしげます。
「お・ば・け……?」
ゆうちゃんが、イーッという顔でこたえました。
「こんなの、よく見つけてきたね」
「うんうん、うん」
あいちゃんもうなずきます。
「売ってるの、見たことないよ」
おばけのぬいぐるみを指さすあいちゃん。
「パパ、これ探すの、大変だったと思うよ」
と、ゆうちゃん。
「どうする?」
「イッセイのセ、やってみる?」
でも、あいちゃんは首を横にふりました。
ふたりの目が、うさぎのぬいぐるみを見ています。
「……だね。ほしい方、一緒っぽい」
ゆうちゃんも、うなずきます。
「じゃあ、やっぱり……じゃんけんだね」
「じゃんけんぽん!」
ゆうちゃんはパー。あいちゃんはチョキ。
またしても、あいちゃんの勝ちです。
(ゆうちゃんは、いつもパーを出すのでした)
ゆうちゃんは、うさぎのぬいぐるみをひろい上げ、
「かわいいな……」
と、少しざんねんそうにつぶやいて、
それを、あいちゃんのひざの上にそっとおきました。
あいちゃんは、
うれしそうにぬいぐるみをぎゅっとだきしめます。
その目は、うさぎの目よりも、ずっときらきらしています。
でも、すぐに、その顔からにこにこが消えて――
「いいの?」と聞きました。
ゆうちゃんは、すこしおどろいた顔でこたえます。
「うん。じゃんけんで決めたから、いいよ」
その言葉に、あいちゃんはホッとしたようにうなずいて、
ぬいぐるみをかかえたまま、自分の机へ。
机の上にそっとおいて、
ほっぺを机にくっつけて、うれしそうに見つめていました。
その横顔も、
ひみつの宝ものを見つけたみたいに、きらきらしています。
ゆうちゃんは、おばけのぬいぐるみの足をちょんとつまむと、
おしいれの前へ。
ふたりのおもちゃの収納カゴに、ぽとん。
カゴの中でつんのめって、おしりを上にしたおばけが、
なんだか、ちょっぴりさびしそうに見えました。
でも、部屋の中には、
あいちゃんのきらきら笑顔がひろがっていて、
そのさびしさも、すこしだけ照らされているようでした。
……パパは、部屋の外でそっと、ふたりを見ていました。
* * *
◆そして、また数日後――◆
「うおおっ!」
またまた、ふたりが大きな声をあげました。
こんどは、ゆうちゃんのほうが、
もっと大きな声で、目をきらきらさせています。
目の前にあったのは、
青いドレスに、王冠と首かざり――
きらきらのお姫さまセットが入った、大きな箱。
「ふたりで、なかよくわけなさい」
パパは、そう言ってまた部屋を出ていきました。
「えっ、ひとつだけ?」
ゆうちゃんがあわてて聞くと、
パパはうしろを向いたまま、
うんうんとうなずいて、出ていきました。
ゆうちゃんは、今までよりもずっとおどろいていました。
だって、パパは前に、ママに聞いていたんです。
「ふたりの一番ほしいもの」を――。
あいちゃんの一番は、シルバニアのドールハウス。
ゆうちゃんの一番が、このお姫さまセット。
ゆうちゃんは、たたみの上に箱をおいて、しゃがみこみました。
ふか〜い、ため息がひとつ。
目の中に、ちいさななみだが浮かんで、
冬のひかりをうけて、きらりと光ります。
ちょこんと、となりに座ったあいちゃんが聞きました。
「どうする?」
ゆうちゃんは、じっと考えこみます。
いちばんほしいもの。
でも、あいちゃんにはなにもない。
それって、ずるい……。
でも、やっぱり、ほしい――!
ゆうちゃんのうつむいた顔を、
あいちゃんはじっと見つめていました。
「じゃあ」
ぽつりと、あいちゃんが言いました。
箱のうらを見て、人形の上と下を指でさし、
「こうわける?」という顔。
ゆうちゃんは、首を横にふります。
じゃあ、と、ドレスとアクセサリーをさしてみても――
やっぱり、首ふり。
ふたりとも、ふぅーっとため息。
すると――
「あっ!」
あいちゃんが、なにか思いついたように机へ走っていきました。
そして、机の上から、うさぎのぬいぐるみを持ってきて、こう言いました。
「これ入れて、イッセイしよう!」
「イッセイのセ!」
結果は……ふたりとも、お姫さまセットを指さしました。
またもや、大きなため息。
おしいれの中のおばけくんも、なんだかざんねんそうです。
「だよね……」
ゆうちゃんは、少ししょんぼり。
「じゃあ、やっぱりアレしかないか」
そう――アレとは、じゃんけん。
でも、れんぱい中のゆうちゃんは、肩をおとしています。
「じゃんけんぽん!」
ゆうちゃんは、いつものパー。
だけど、今日は気合いをこめて、手がぴーん!
――ところが。
「えっ?」
ゆうちゃんが首をかしげます。
あいちゃんが、下を向いたまま、じゃんけんを出していないのです。
「どうしたの?」とのぞきこむと――
「わたし、じゃんけんでやるって言ってないもん!」
あいちゃんが顔を上げて、きっぱり言いました。
その目の奥で、小さな勇気が、きらきら光っています。
そして、ぬいぐるみをぎゅっとだきしめると、
すっくと立ち上がって、
机のほうへとスタスタ歩き出しました。
背中を向けたまま、あいちゃんが言います。
「おねえちゃん、じゃんけん、いつもパーばっかりだし!」
――そう。
あいちゃんは、ゆうちゃんの「いちばん」を、
ちゃんと知っていたのです。
ゆうちゃんは、ぽかんとした顔で、目をパチクリ。
胸の中で、なにかあたたかいものが、ぽっと灯った気がしました。
それは、見えないけれど、心の中で確かにきらきら光っていました。
でも――
それよりもっとびっくりしていたのは……廊下で聞いていたパパでした。
* * *
◆そして、そのよく日◆
お仕事の帰り道。パパは、ひとりで歩いています。
かばんの横には、大きな紙ぶくろ。
中には、シルバニアのドールハウス。
とっても大きくて、ちょっぴり重たい、特別な「いちばん」。
「今回は、ゆうが……おしいれのカゴから、
おばけのぬいぐるみを持ってくるのかな。
それで、イッセイのセで……」
パパが、ぽつりとつぶやきます。
「いや、きっと、じゃんけんもなしだろうな」
パパの頭に浮かんでいるのは、
ゆうちゃんがこの箱を、あいちゃんにわたすところ。
そして、あいちゃんが大よろこびする顔。
「……あいつらも、大きくなったな」
立ち止まったパパが、すこしほこらしげに、にっこり笑いました。
その目のはしにも、ちいさな涙がひかっていて、
街灯の光をうけて、きらりと光ります。
「そうですねぇ~!」
紙ぶくろの中の、シルバニアパパが、
そんなふうに言って、微笑んだ気がしました。
その日、パパの胸の中にも――
ふたりの涙と笑顔が、きらきらと光っていました。
終わり。




