第一話:釣り合う関係
「萌実と田所君って付き合ってるの?」
ある日の放課後。僕が明日までの課題を机の中に忘れたことに気付いて取りに戻ると、教室に居座っていた女子達が色恋沙汰で盛り上がっていた。
楽しそうに雑談する女子達の輪を乱すわけにもいかず、僕は扉の前で彼女達の会話を盗み聞きすることにした。
色恋沙汰を盗み聞きするよりも帰宅しろ、と思う人もいるだろうが……彼女達のしている会話が気になって仕方がなかった。
「あ、それあたしも気になってた」
「ね。萌実と田所君って幼馴染なんでしょ?」
僕の名前は、田所敦。
「ねえねえ、どうなのさ。二人って小中高ずっと一緒なんでしょ?」
「今でも時々、一緒に下校しているって聞いたけど?」
そして大崎萌実は……僕の小さい頃からの幼馴染だった。
「付き合ってない」
「ふーん……」
小さい頃から一緒だった僕達は、恋人とは程遠く、腐れ縁と呼ぶに相応しい。
「じゃあ、田所君のこと、好きなの?」
……そんな腐れ縁な萌実が僕のことをどう思っているのか。
今、萌実に僕との関係を尋ねた女子達と同様に……僕も前々から、萌実が僕のことをどう思っているのか気になっていた。
だから、最低な行いだとわかっていても、扉のそばで息を潜めて、彼女達の会話を盗み聞きした。
「やめてよ。変なこと聞くの」
ただ、今は彼女達の会話を盗み聞きしたことを後悔し始めていた。
「あはは。そっか。そうだよねー」
「ごめんね。変な話を聞いて」
胸が痛い。
「萌実と田所君、全然釣り合ってないもんね」
僕は彼女達にバレないように、帰路についた。
机の中に忘れた宿題のことは、もう頭になかった。
萌実と僕の出会いは、互いがまだゼロ歳の頃だった。
偶然にも家が近所で、生まれた月も同じだった僕達は、同じ助産院で生を受けた。
そして、定期検診の日が被っていた影響で母親同士が意気投合して、家族ぐるみの付き合いになって今に至る。
昔から、萌実は口数の少ない女の子だった。
自己主張をしないというわけではない。誰かに話しかけられない限り、自分から積極的に声をかけない。
ただ、それだけ。
とはいえ、付き合いの薄い相手に見せる、彼女の冷たい物言いは、古くからの付き合いの立場から見ていると時々危うさを感じる場面もしばしばある。
しかし、そんな僕の心配とは裏腹に、萌実の周りには彼女の友人が途切れることはない。
ツリ目気味な瞳。
キチンと通ってる鼻筋。
艶のある茶髪。
モデル顔負けのスタイル。
寡黙な印象も相まって、萌実は周囲からクールビューティーな人という見方をされ、人気者の地位を確立していたのだ。
その反面、僕は……。
身長165センチ。
体重は77キロ。
BMI値にすると……28。
立派な肥満体型。
コミュニケーション能力は低く、勉強も苦手。
先程、クラスメイトの女子達が言っていた通り、校内でも随一の人気を誇る萌実とは真逆の位置に君臨する男だった。
……だから、わかっていたはずだった。
萌実と僕が仲良くなれたのは家が近かったからだけということも。
萌実が僕のことをただの幼馴染だとしか思っていないことも。
萌実と僕が付き合える可能性は万に一つもないことも。
……わかっていたはずなのに。
無駄に幻想を抱いて、期待して……絶望して。
そう、今僕は絶望していた。
萌実と僕が付き合える可能性がないと悟り、絶望して、ショックを覚えてしまったのだ。
僕は萌実のことが好きだった。
彼女に恋をしたのは、いつからだったか。もう覚えていない。それくらい昔から好きだった。恋してした。
初恋だった……。
しかし、僕の初恋は、呆気なく終わってしまった……。
「アツシ、ご飯よー」
帰宅後、僕は部屋の電気もつけず、ベッドに仰向けに寝転がっていた。
真っ暗で碌に見えない天井を見ながら、ボーっと考えていた。
萌実はどうして、僕のことを好きになってくれなかったのだろうか……?
実に女々しい思考回路だ。
わかっている。情けないとも思っている。
でも、失恋のショックから、何かしらの理由をつけないと何をする気力も沸いてきそうもない。
だから、こんなことを考えても何もならないとわかっているのに、どうしても考えてしまう。
萌実が僕のことを好きになってくれなかった理由は何故か。
僕が太っているからか?
僕が内気な性格だからか?
僕に人間的な魅力がないからか?
どれも正解に思えて仕方がない。
「……だったら、最初からそう言ってくれよ」
ただ、そのどれもが正解だと言うのなら、どうして初めから僕に関わらない選択を取らなかったんだ。
初めから……そう、初めから、お前のことなんて嫌いだと一蹴してくれれば、僕はきっとこんなに惨めな思いをすることはなかった。
苦しまずに済んだ。
萌実のことを好きになることなんてなかった……っ!
「萌実、君は酷い人だよ……」
そう口にして、僕は気付いた。
……多分、萌実は僕のことを好きになってくれなかったのではない。
僕が萌実に好きになってもらう努力をしなかったんだ。
僕は萌実のことが好きだった。
もうずっと昔から好きだった。
失恋すれば思い悩み、挙句失恋理由を彼女に責任転嫁するくらい好きだった……っ!
なのに僕は……彼女に好きになってもらえる努力を少しでもしただろうか?
太っていることが嫌われる要因になると思ったのなら、どうして痩せなかった……?
内気な性格が嫌われる要因になると思ったのなら、どうして性格を改めようとしなかった……?
人間的な魅力がないことが嫌われる要因になると思ったのなら、どうして魅力的になる努力をしなかった!?
萌実が酷い人?
それは違う。
違うだろっ。
出来る努力をせず、好きになってもらう努力をせず、好きであることも碌に告げず……っ。
……何が、萌実のことが好きだった、だよ。
「でも、今更遅い……」
萌実は僕のことを好いていない。
僕は失恋をしてしまった。
だから、今更変わろうとしたって……もう遅い。
……そうやって言い訳ばかりするから、僕は駄目なままなんだろう。
「……今、僕は後悔をしている」
失恋し、それでもなお変わろうとしない自分に、後悔の念は尽きない。
「でも、ここで変わらないと僕は……これからもずっと後悔をし続けることになるんだろうな」
僕はゆっくりとベッドから立ち上がった。
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