王都の戦い1
ユークが前線に出てから進軍速度が上がった。
最前線の兵士に混ざって干し肉をかじるのは、ユークにとって気楽で慣れたものだった。
「ユーク殿は何処で戦いを?」
同じ歳ほどの兵士に話しかけられる機会も増えた。
「魔王城に入ってから戦いづめだからなあ。けど転機はミ……王女と会って剣を貰ってからかな?」
ユークは、元王家の宝剣を抜いて見せる。
今はユークの手に馴染み、存分に力を発揮する神の剣。
他の者が手にしても、鞘から抜くことすら出来ない。
美しい剣身に若い兵士達が見惚れるとこへ、見張りが飛び込んできた。
「出ました! 報告にあったヒドラです!」
ユークが腰を上げると、兵士達も後に続く。
戦いは、最終局面を迎えていた。
首都への道を進む中央軍は、メディアの王宮が見えるところまで来た。
だが左右を守る軍の足が止まる。
幅数キロの通路を守るのに精一杯になった。
ヒドラの七つの首、全てを切り落としたユークが伝令を頼む。
「ここからは、少数で突っ込む。本陣に伝えてくれ」と。
ミグもノンダスも突入部隊に参加する。
ここまで”主力”を温存する為に、2万の兵士が戦線から脱落した。
王都に巣食った魔王の卵を排除出来ねば、残りの3万も全滅する。
何時の間にか戻ってきたリリンが、ミグの周りを飛びながら状況を伝える。
「ぎりぎり間に合ったね。数日の内に生まれるよ」
リリンの報告に全員が胸を撫で下ろす。
敵地をほぼ一直線、100キロを超える道のりを犠牲を問わずに僅か15日で押し切った。
これで”魔王の子”を逃がすようなことになれば、再起は不可能になるところだった。
「ありがと。さ、行きましょう」
戦いに出向く王女を止める者はもう居ない。
彼女は王国の支柱で、最強の魔法使い。
ミグが倒れれば終わり、自分達もかつての首都で死ぬと、旧コルキスの貴族や軍人は覚悟していた。
ミグだけが少し違った。
『わたしの魔法と、彼の剣が祖国を救う。もし無理なら……』
見知らぬ国へきて命を賭けてくれる仲間達への感謝は尽きない。
もし、一人だけ死ぬならわたしを選んで欲しいと願っていた。
「来たか」と、少し振り返っただけのユークがいった。
首都を見下ろす丘の上で、ユークの視線は卵から離れない。
まだ戦闘力を測れる距離ではないが、前のと同じくらいかと感じ取れた。
「リリン、何が生まれるかわかる?」
「さっぱり」
ユークの肩にまとわり付いたリリンがこたえる。
この神出鬼没のサキュバスは、便利な偵察ユニットとして働いた。
「なんでうちが……」と文句を言いながらも、通常なら知り得ない情報を持ってきてくれる。
彼女にとっては、魔王に協力するよりも、このひ弱な種族に協力する方が楽しかった。
「あれの周りには、そこそこ強いのが徘徊してるね。まあお前らでも何とかなると思うけど」
ユーク達の護衛には500人の志願兵がつく。
指揮官は長く王国に使えた老将で、兵士は全員が6年前の生き残り。
老将は、部下に一言だけ命令した。
「王女殿下よりも先に死ね」と。
兵士からは何の異論もなく、彼らが最後の道をこじ開ける。
リリンは最後の報告。
「魔王城も悪魔どもも動いてないよ。けど増築してた、あっちに居座るのかもね」
これは良い報せだった。
ここで戻って来られると、どうにもならない。
ユークにくっついていたリリンを、ミグが押しのける。
彼女の定位置――ユークの隣――を確保して、全員に号令をかけた。
「さあ、いきましょう!」
ユークとミグを先頭に、全員が丘を降りる。
都市を覆っていた瘴気のほとんどは、卵に飲み込まれていた。
強大な何かが生まれるのは間違いない。
ユークは、隣を歩くミグを庇うように一歩前に出る。
そして<<カウカソス>>を引き抜いた。
故郷に戻った神剣の刃から、待ち構えていたかのように炎が吹き出す。
王都メディアを巡る、二度目の攻防戦が始まった。




