約束
「旅を急ぐ」と、ユークは決めた。
金も出来たのでなるべく良い足を使う。
この土地ならラクダだ。
ドワーフの武具で良い物があれば買い、造るのに時間がかかるならまた行けば良い。
直ぐに全員分が揃うことはないだろうと、ユークは考えていた。
残った問題は一つ、まだ人数が決まらない。
それを解決する為に、ユークはミグの部屋へ向かった。
「何を言ってるの、子供のところへ戻りなさい!」
「いえ、付いてゆきます」
ミグとサラーシャは口論していた。
サラーシャは同行するといい、ミグは押し止める。
「わたしが子供より大事なわけないでしょ? サラーシャ、お願いよ。国元に帰って。わたしはもう一人で着替えでも、なんでも出来るわ」
「いいえ、離れた時に大事な方を失うなど、二度と経験したくありません」
「だったら子供があなたを失ったらどうするの! その逆もあるわ!」
どちらも譲らない。
だがサラーシャの決意は固い。
「私の子も含めて、アレクシス様の御子は全て隣国へ避難しております。侍女に乳母、みなが面倒を見てくれています。今心配なのは、ミルグレッタ様だけなのです」
元々、下級とはいえサラーシャも貴族。
子に愛情が無いわけでなく、自分で育てるという風習は薄い。
ミグが5歳の時から世話をしてきたサラーシャにとって、どちらも大事な存在だった。
しばらく真正面から睨み合う。
幼い頃から知るだけあって、サラーシャはミグに睨まれたくらいでは怯まない。
「ついて行きますからね! 宰相閣下にも、そう伝えてきます!」
「あ、こら! 待ちなさい!」
サラーシャは先に外堀を埋めることにした。
「……まったくもう。なんでうちの国の女ってこう頑固なのかしら」
コルキスの女性は、評判高い容姿以外にも、我慢強く働き者、そして気が強いと有名だった。
他人事のように愚痴ってから、ミグは服を脱ぎ捨てる。
着替えくらい自分でやらないと、サラーシャを説得出来そうになかったのだが……。
ユークは、部屋の鍵が開いていたので、何の訪いもせずに入室する。
非常識極まりないが、旅と戦いを繰り返してきたゆえの無作法。
ユークに悪気はまったくない。
ユークは勝手にミグの部屋に入り、『こっちか』と声もかけずに、人の居る方へ向かう。
最高級の一室で、深く敷かれた絨毯が足音を吸ったのが災いした。
部屋を仕切る布を跳ねのけたユークの目に飛び込んだのは、上半身裸のミグの姿。
胸を隠そうとして、思い出したようにお腹の淫紋を両手で隠す。
剥き出しの胸を見つめたまま、ユークが聞いた。
「サラーシャ、どうするって?」
「へ? ついて来るって言ってるけど……」
普通の質問にミグが普通に答える。
長い髪が僅かに隠す胸を凝視しながら、ユークはまた聞いた。
「ならラクダは五人分かな」
「わたしは、子供のとこへ帰って欲しいのだけど……」
また普通に答えてしまう。
突然現れた二つの低い白い丘に、ユークは混乱していた。
それを眺めながら辿り着いた結論は、『隠さないなら、これは見ても良い物だ』という至極当然のもの。
混戦の最中、正確な判断が出来なくとも致し方ない場面である。
ユークは一つの経験を得た。
『女の子の胸って喋ると動くんだ』と。
浅く上下する白い肌に、魅了されるようにユークは一歩踏み出した。
ミグが半歩下がる。
ユークは二歩追って、ミグが更に一歩後退する。
壁際まで追い詰めたユークは、言葉にするか行動にするか少し迷う。
その隙にミグが「ちょっと待って!」と訴えた。
ミグは、次の台詞を言いたくなかった。
自分の体と引き換えに助力を頼むなど、ユークの誇りを傷つけると思っていたから。
ユークの方も、もちろんそんなつもりはない。
だが、リリンに付けられた紋様のせいで状況は変わる。
この世界、避妊だけなら魔法でなんとでもなるが、紋様の力はそれを凌ぐ。
「今は、今は駄目。出来ちゃうと戦えなくなるもの。っていうか、せめてわたしの目を見て?」
ユークは、ようやく胸からミグの瞳に視線を移した。
金の瞳は泣いても怒ってもなく、まだユークへの信頼を残し、それを見たユークは理性を一部取り戻す。
ほっとしたミグが、以前から用意していた言葉を紡ぐ。
リリンに呪いをかけられた時点で、ミグには予感があった。
「わたしの国、コルキスが解放されたら貴方の子を産むわ。けど今は無理よ、親子三人で死にたくないもの。ずるいかもしれないけど、お願い、分かって……」
ユーク達との旅は悪くないが、今は最優先の事柄が出来た。
『魔王城がコルキスから離れ、首都に居座る”卵”を倒せば祖国を取り戻せる』
それさえ叶うならば死んでも良いが、もし生きのびたならユークと一緒にいたい。
二つの贅沢な望みを託して良いのかとミグは問う。
ユークは完全に理性を取り戻し、再び決意を固めていた。
そしてここで謝るなどの失敗もしなかった。
「もちろんだ。俺が、必ず勝つ」
言い切ったユークがミグの肩に両手をかけ、王女は見上げたまま目を閉じた。
が、何時まで経っても、二人の唇が重なることはなかった。
近接戦闘の専門家、王家に仕えるメイドが塵ほどの気配も出さず、王女を襲う曲者の首を背後から締め上げていた。
「首、折りますか?」
サラーシャは、半ば本気で聞く。
「お願い、殺さないで!」
既に意識のないユークの助命をミグは嘆願した。
「やはり、一緒に行きます。よろしいですね?」
「……はい」
半裸のミグが逆らえるはずもなく、旅の道連れが一人増えた。
ようやくあらすじ回収。
これから3世代に渡る長い物語・・・の予定はないです。




