愛の町、テーバイ
襲撃があった直後だったが、ノンダスの店『青薔薇亭』に、ちらほらと客がやって来る。
一人で酒やマスターとの会話を楽しみに来た者、食事を目当てに来た者、ペアでやってくる者。
目的はそれぞれだったが、共通して全員が逞しい男だった。
手伝おうかとユークが申し出たが、気にしないでと断られる。
それよりも、「近くに銭湯があるわよ」と勧められた。
水浴びで十分のユークと違って、ミグとラクレアは大喜びで出掛けることにした。
魔導都市テーバイは、街中に古き神々を祀っている。
その神々は自由奔放で、人の欲望や愛情の形を制限するような事はない。
むしろ推奨するかのように、テーバイでは伝統的に少年愛やソドミーが盛んだった。
ノンダスの店は、そんな伝統の中心地区にある。
その近所にある老舗の湯屋で、ミグは妙な視線を感じていた。
欲情とは違う、むしろ憧れに近いものが、ミグとラクレアに均等に注がれていた。
「ミグさま、いきましょう」
お湯に浸かれるのが嬉しいといった笑顔で、ラクレアが大きな胸を揺らして寄ってくる。
「公衆浴場ですけど、平気ですか?」
「別に、こういうのも慣れたわよ」
それでもラクレアは、ミグの手を引きながら洗い場へ入ってゆく。
元々、世話好きな性格だったのだろう。
今年で19歳のラクレアは、一つずつ年下のユークとミグを、弟妹のように扱うことがある。
「お背中、流してあげますね」
「いいわよ、それくらいは自分で出来るもの」
「まあまあ、そう言わずに」
ぺたんとミグを座らせて、小さく白い背中を、少し大柄なラクレアが手巾で優しく流す。
姉妹のように微笑ましい光景だったが、銭湯に集まっていた女達には別の情景に見えた。
ショートヘアのしなやかな肉体の美少女が、長い銀髪をたなびかせる華奢な美少女を甲斐甲斐しく世話をする。
理想のカップル像がそこにあった。
思わず見とれた女達の誰もが、『素敵……』と呟いた程だった。
この銭湯での出来事は、この地区で長く語り草になるが、物語には一切関係ない。
ノンダスの店の二階には、使われていない部屋があった。
ベッドも一つあり、ミグとラクレアはそこをあてがわれた。
少しホコリくさいが、汚れてるわけでもなく道中の宿に比べれば上等な方だった。
そこで濡れた髪を乾かしながら、ミグが聞く。
「ねえ、ラクレア」
「なんですか?」
「ノンダスの言ってた神聖隊の、男の部隊の方ね、絆とか特別な関係ってなに?」
ミグは、ずっと気になっていた。
『まっ! なんてことを聞くのでしょう!』といった顔をして、あたりをきょろきょろと見渡し、ラクレアはずいっと近寄ってからミグに教えることにした。
「えっ!?」
「いえ、そうなんです」
「だって男同士で?」
「はい、それが…………」
ラクレアの布教を受けたミグは、勢いよく部屋から飛び出し、ノンダスの部屋で寝てるユークの所へ走っていった。
「いいから、こっちへ来なさい!」
「な、なんだよっ」
井戸の水浴びで済ませたユークは、疲れもあってもう寝付くところでミグに襲われた。
「今日は特別に、わたしたちの部屋で寝ることを許します」
恩着せがましくミグが言ったが、ユークには迷惑だった。
『気を使うのは俺の方だし』と、言いたかったのだが。
「あんたの為を思って言ってるんだからね! 良いからそこの床で寝なさい!」
問答無用の姫には逆らえなかった。
ふとユークがラクレアを見ると、ごめんねと言いたげに舌をぺろっと出した。
良く分からないが、何処でも寝れるユークは毛布を被って横になる。
ミグとラクレアは一つのベットで寝る事になったが、少女二人なら十分な広さだった。
灯りを落として静まった頃に、「ねえ?」とミグがユークに尋ねた。
「あのクラーケン、わたし達で勝てたの?」
「うーん、多分ね。3人なら何とかなるくらいの相手だったよ」
「そう……。あいつ、もう遠くへ逃げたのかしら」
「それは分からないなあ……日も沈んでたし」
「それもそうね。……おやすみ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
三人が寝入った頃になっても、テーバイの元老院では議論が続いていた。
だが事件は三人の寝る部屋で起きた。
深夜、ミグが厠に行こうと起きた。
テーバイの柑橘類は名産で、その果汁を飲みすぎたのだ。
寝ぼけた王女が、何かにつまずいてコケる。
『そっか……ユークが居たんだっけ……』
直ぐに気付き、少年がまだ寝てるのを確認したその足に、ユークが吸い付く。
悪気があった訳ではない。
クラーケンを食ったせいで、”比類なき吸引力”が発動しただけだ。
「ちょっ! こらっ! なにを……あっ!」
妙な声が出そうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。
「ん……お願い…。く、口を、は、離してぇ……」
声を殺し、普段の大きな態度も取れぬまま懇願するが、少年の唇は太腿の内側をさらに吸い上げる。
タコとイカの王である怪物の力は、そんな生易しいものではない。
暴れても泣いても振りほどけぬ。
全身の力が抜け、息も絶え絶えになったミグを新たな恐怖が襲う。
『もう……このままだと……こいつの顔に!』
最後の力を振り絞り、自由な方の足を振り上げ、問答無用で叩き落とした。
ぷぎゅ――タコが潰れるような音を出し――やっとユークが離れた。
顔面を陥没しなかったのは、クラーケンから得た力のお陰に他ならない。
ミグは部屋から抜け出した。
少年の顔に漏らさなかった事に感謝しながら――。
ユークは、この事を覚えていなかった。
ミグは、太腿に残る赤い跡に気付き、それ以上追求できなかった。
もし翌朝にでも問い詰めていれば、ユークの”加護”の一端が明らかになったのだが……その機会は遠くへ失われた。
リアルのテーベも同性愛が盛んだったようで




